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【9】

話が……進まない。
















 重たいまぶたを持ち上げると、見慣れぬ天井が眼に入った。身を起こそうとするが力が入らない。リューディアは横になったまま深く息を吐いた。


「あ、リューリお姉様。目が覚めたんですね。よかったです」


 声のした方に目を向けると、そこには白衣を着たマリアンネがいた。少し大きめの白衣に着られているように見えた。


「……やあ、マリィ。今日もかわいいね」

「……なんか大丈夫そうですね、お姉様。よかったです」


 ほっとした様子でマリアンネが言った。リューディアはとりあえず尋ねた。


「ここ、どこ?」

「王宮の医務室です。わたくしはリューリお姉様の主治医です」

「……マリィって、魔法医だっけ」

「……ツッコむのは、そこですか?」


 目をしばたたかせ、マリアンネが言った。つっこみどころが多いのはわかったが、いまいち頭がはたからなかったのである。


「わたくしは正確には、魔法医ではありません。だから、精密な検査をしようと思ったら、魔法医を連れてきます。今回、わたくしは解毒係として呼ばれました」

「解毒?」


 リューディアが聞き返すと、マリアンネがこくりとうなずいた。


「解毒です。リューリお姉様が受けた怪我ですが、どうやら刃のところに毒が塗ってあったらしいのです」


 さらりとマリアンネが答えてくれた。その毒でリューディアは倒れたと。そして、それをマリアンネが解毒してくれたらしい。


「お姉様、3日間寝たままだったのですよ。心配しました」


 あまり感情のこもらないマリアンネの声に本当に安心した、というような印象を感じ取ることができて、リューディアは微笑んだ。少し落ち着いてきたので、再び身を起こしてみる。今度はゆっくりとなら起き上がれた。


「大丈夫ですか、お姉様」

「大丈夫だよ」


 正直なところ、起き上がった時にめまいがしたが、耐えられないほどではない。マリアンネに笑みを向けると、「……ならいいのですが」と若干不審そうに言われた。マリアンネが差し出してくれたグラスを受け取り、中の水を飲みほした。


「それで、襲ってきた男たちは?」


 グラスを返しながら尋ねると、マリアンネは「ユハニ様が尋問しています」と答えた。リューディアは苦笑する。


「ああ……嬉々としてやってそうだね」


 ユハニが担当しているのなら、すでに尋問ではなく拷問の可能性もあるが、彼がまだ尋問しているということは、よほど彼らの口が堅いのだろう。


「目的は? 知ってる?」

「……それは、わたくしからは、ちょっと」


 リューディアはまごまごしているマリアンネをじっと見つめた。マリアンネがその視線を受けてうつむく。何か知っていそうな気がしたが、かわいそうなので問い詰めないことにした。


「あの……助けに行くのが遅くなってしまって、申し訳ありませんでした」

「うん?」


 突然の謝罪に、何のことかわからずに首をかしげてリューディアであったが、すぐに気が付いた。舞踏会の時、アウリスが襲われた件のことだろう。あの時、本来なら警備の人間が対応してしかるべきだった。なのに、対応が遅れた。そのため、マリアンネは謝ったのだろう。

 それについては全く気にしていないので、リューディアは微笑んだ。


「大丈夫だよ。結果論だけど、私も無事だったし。そうだ。殿下は?」

「お元気です」

「なら問題ないよ。次があれば、もう少し早く来てくれると助けるけど」


 冗談めかしてそう言うと、マリアンネは真剣な表情で「次はありません」と宣言した。すごい自信だ。


「あの氷、マリィだったんだね」

「そうです……氷魔法が得意で」


 なんでも、マリアンネは水や氷を操る魔法が得意であるらしい。そう言えば、キマイラにも氷の槍をぶっさしていた。


「なるほどねぇ……あれは便利そうだったよね。一気に大勢を拘束できるし」


 リューディアは笑ったが、マリアンネは反応なしだった。しばらく沈黙が続く。


「……あの、誰か呼んできます」


 主治医はそう言って部屋の扉を開けた。外には出ずに、顔だけのぞかせている。どうやら、外にいる使用人に言伝を頼んだようだ。


「誰を呼んだの?」


 戻ってきたマリアンネに尋ねると、彼女は「とりあえず、兄とユハニ様に知らせます」と言った。妥当なところだろう。リクハルドはマリアンネの兄で、リューディアの従兄であるし、ユハニはマリアンネの上司で、先日の舞踏会の警備担当だった。どちらに報告が行っても、確実にリューディアの家族にも連絡がいく。心配していると思う。たぶん。もしかしたら、呆れられている可能性もあるが。

 マリアンネはリクハルドとユハニに報告に行ってもらった、と言ったが、初めにリューディアが目覚めたことを聞きつけてやってきたのはミルヴァとエリサだった。


「リューリ! 心配したのよ! お兄様をかばって何してるのよ!」

「そうよ。お兄様を助けてくれたのは感謝してるけど、あなたがやられてしまったら意味がないわ」


 ミルヴァに感情的に、エリサには淡々と責められ、リューディアは少し理不尽なものを感じる。彼女らの兄を助けたのに、何故責められているのだろう。

 同時に、それだけ心配させたことを申し訳なく思い、さらにそれだけ思ってもらえることをうれしく感じた。


「うん。殿下が無事でよかったよ。それと、私の身については大丈夫。私は殺しても死なないらしいから」


 以前、ユハニに言われた言葉だ。あの時は否定したが、今回、死にそうで死ななかったリューディアは、本当に殺しても死なないのかもしれない、と思ってしまった。

 そう言えば、アウリスには自分から危険に飛び込んでいくな、と注意されたのだった。結局、彼女は自分から危険に飛び込んでしまったのだが、彼は起こっているだろうか。……怒っているかもしれないな。


「……殿下、怒ってるかな」

「怒ってるというか、憤ってるというか」

「心配で気が狂いそうなだけよ」


 ミルヴァが苦笑気味に、エリサは呆れた口調で言った。リューディアも苦笑を浮かべる。


 ……そう言えば、昏倒する寸前にも何か言われた気がする……。


「マリィ。リューリの毒は、もう大丈夫なの?」

「解毒しましたので、もう大丈夫です」

「そう。ありがとう」


 ミルヴァがマリアンネの頭をなでた。そこに、再び人がやってくる。


「やあ、リューリ。元気そうで何よりだよ」

「こんにちは、リク。妹君に迷惑をかけたようで申し訳ない」


 いつもの調子のリクハルドに、リューディアもいつもの調子で返す。すると、リクハルドは笑みを浮かべたまま「うん、大丈夫そうだね」と勝手に診断を下した。


「マリィも、お疲れ様」


 リクハルドがマリアンネをねぎらうと、彼女は小さく首を左右に振った。


「……リューリお姉様の回復力のたまものです」

「……」


 マリアンネの言い方ではリューディアがまるで異常な回復力を持っているように聞こえるが、ツッコミは入れなかった。


「……それで、リクが来たということは、詳しいことを話してくれるわけ?」

「まあそう言うことだね」


 リクハルドは肩を竦め、ミルヴァの隣に立った。ちなみに、室内にいるリューディア以外の四人の中で、座っているのはエリサだけだ。あとは全員立っている。


「それで、あいつらは一体なんだったの?」

「うーん。簡単に言えば暗殺者だね。狙っていたのはアウリスだから、君は邪魔をしたことになる」


 やはり狙いはアウリスだったのか。たまたまリューディアが一緒にいたので、彼女は巻き込まれてしまったようだ。


「ちなみに、背後関係などは」

「まだ確証があるわけじゃないけど、たぶん、王位関係だろうね」

「ああ、そう」


 どんな時代にも、ろくでもないことを考える者がいるということだ。アウリスには弟がいるため、彼が死んでも王太子はその弟に譲られるだけだ。しかし、弟の方も亡くなってしまったらどうだろう? エリサはもうすぐ嫁ぐだろう。ミルヴァは降嫁する予定。

 カルナ王国では女王が存在しなかったわけではないが、女王の役目は中継ぎだ。だから、やはり男王を立てようとする者が出てくるはず。

 そう言う王位を狙っている者たちが、アウリスを狙ってきたのだろう。


「くだらないな」

「くだらないね。ちなみに、ユハニが拷問、もとい自白させたとこによると、黒幕として名が挙がったのはティーリカイネン公爵らしいよ」

「馬鹿な」


 ティーリカイネン公爵、つまりリューディアの父がそんなくだらないことをするはずがない。狡猾な父が、こんなずさんな計画を立てるはずがなかった。

 おそらく、もっと若い人物。それも、リューディアたちとさほど年が変わらないほどの人間が、この計画を立てたのだ。だとすれば、おのずと対象者はしぼられる。

 暗殺者が王宮に入り込めたところから考えるに、かなり身分の高い人物。多くの人間を連れ込んでも、見逃されるような。ここまでわかっているなら、リクハルドたちがやがて犯人を見つけ出して捕まえるだろう。


「ま、なんにせよ、君がアウリスを助けてくれて助かったよ。助けられた本人は動揺のあまり仕事が進まなくなってるけどね」

「何、それ」


 思わず眉根をひそめると、リクハルドは意味ありげに笑った。


「まあ、それはおいおい。そう言えば、アウリスが君と話をしたがってるんだけど、後で呼んできてもいい?」

「それは、構わないけど」


 一応、リューディアは王太子を助けた人物、ということになっているのだろう。だとすれば、王太子が様子を見に来るのは自然……な、はず。


「それじゃあ、僕は行くよ。実は仕事の途中なんだよね。そう言えば、マリィ。ユハニが呼んでたよ」

「わかりました」


 エルヴァスティ兄妹はリューディアとエリサ、ミルヴァにあいさつをして病室を出ていく。リクハルドはミルヴァの頬にキスをするのを忘れなかった。


「マメだな……あの男」

「いつも季節の花を贈ってくれるわよ」


 ミルヴァが婚約者をほめられて上機嫌で言った。エリサは「いいわねぇ」と微笑む。


「わたくしは王女だし、政略結婚は仕方がないとはわかってはいるけど、少し、ミルヴァがうらやましいときがあるわ」


 ミルヴァも、政略結婚だ。しかし、別の国へ嫁ぐエリサと、国内の貴族に降嫁するミルヴァでは、少し状況が違う。


「……お姉様なら、帝国でもうまくやっていけるわよ」

「そうだといいけれど」


 悩んだ挙句にミルヴァが言った言葉に、エリサは姉らしく気丈に答えた。


「2人とも、きっと幸せになれるよ」


 仲の良い姉妹を見ながら、リューディアは優しげに眼を細めて微笑んだ。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


まったく活躍しないヒーロー、アウリスが次回、満を持して登場! 期待しないでください(笑)

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