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【7】















「あ、ユハニ様」


 増援の騎士たちの一番前にいる青年を見て、マリアンネが駆け出した。先頭にいたのはユハニで、彼がするりと馬から降りたところで、マリアンネがこけた。近くまで来ていたユハニが彼女を助け起こす。


「……マリアンネって、よくこけるよね」

「まあ、ちょっとおっとりしているからね」


 イェレミアスの言葉にそう苦笑し、リューディアもユハニの方に歩いて行く。マリアンネを助け起こしていたユハニがこちらに目を向けた。


「リューディアか。また派手にやったな」

「首を斬られているキマイラをやったのはリクだよ」


 もう一体は、確かにリューディアが追い詰めたが、とどめをさしたのはマリアンネである。


「そうか。まあ、そんなことはどうでもいい。マリアンネによると、あのキマイラは人工的に作られているらしいな」


 普通、そう言うものはキメラというのだが、とユハニは言う。リューディアは理解できなかったので黙っていた。


「ユハニ」

「ああ、兄上」


 ユハニが近づいてきたアウリスを振り返る。いとこ同士であるこの2人、冷たい感じが何となく似ている。実際には兄ではないが、一人っ子のユハニはアウリスを『兄上』と呼んで慕っている……のだと思う。


「すまんな。マリアンネに護衛を頼んでおいたんだが」

「年端もいかない娘に何を頼んでるんだ、お前は」


 さらりと暴露したユハニに、アウリスはツッコミを入れた。リューディアがここぞとばかりにアウリスに同意する。


「そうだよ、ユハニ。確かにマリアンネは優秀な魔術師だけど、女の子なんだからそんなこと頼むなよ」


 すると、さらにアウリスからツッコミを入れられる。


「いや、リューディア。お前も優秀な剣士だが、その前に女だろう。自分から危険に飛び込んでいくな。見ているとひやひやする」

「……」


 ほぼ生まれて初めてと言っていい女性扱いに、リューディアは思わず絶句した。現在カルナ王国で結婚したい男性ナンバーワンであるアウリスにそう扱われたことで、驚きは二倍である。


「兄上。心配するだけ無駄だ。この女は殺しても死なないタイプだ」

「いや、さすがに殺されたら死ぬからね、私も」


 相変わらずさらりとひどいことを言うユハニに、リューディアはパタパタ手を振って否定する。さすがに、リューディアも殺されれば死ぬに決まっている。


 まあ、そんなくだらない話はともかくだ。


「……参考までに聞くが、ユハニ、あのキマイラ、どうするつもりだ」


 尋ねたアウリスに、ユハニはやはりさらりと言ってのけた。


「一体は持って帰る」


 やっぱり。


 図らずも、リューディアとアウリスが同時にため息をついた。そう言うと思った。
















 行きとは違い、物々しい護衛とともに王宮へ戻った一行には、しばらくおとなしくしているようにお達しが出た。まあ当然であろう。特に、アウリスやエリサ、ミルヴァを閉じ込めておくためにはそうするしかない。


 ミルヴァが暇だ、と手紙を送ってきたので、その日、リューディアはセラフィーナと共に登城していた。そして、何故か行うのはお茶会ではなくミルヴァとの剣の稽古だ。王女であるミルヴァは、剣の修行に付き合ってくれる人が少ないらしい。

 リューディアと剣を合わせても、演武のように型をなぞるだけだ。その様子をエリサはにこにこと、セラフィーナは目を輝かせてみている。


「お姉様。かっこいいですわ」

「あら。イェレはどうするの?」

「それとこれとは話が別です」


 うきうきと話すセラフィーナを見て、エリサが微笑ましげに眼を細める。見方によっては、セラフィーナはマリアンネよりも精神年齢が幼いかもしれない。マリアンネが大人びているともいう。


「ああ、やってるね」


 リューディアたちは王宮の庭にいたのだが、王宮の中から声がかかり、そちらを見た。ひらひらとリクハルドが手を振っている。その隣にはマリアンネがいて、彼女はぺこりとお辞儀をした。


「リク」


 ミルヴァが嬉しそうに婚約者に駆け寄る。政略婚約であるが、この二人、なんだかんだで仲がいい。


「ミルヴァ。楽しかった?」

「ええ。私に付き合ってくれるの、リューリくらいだからちょっとさみしいけど」

「それは君の身分を考えるとねぇ」


 苦笑してリクハルドがミルヴァの頬を撫でた。その甘い雰囲気にリューディアは視線をそらしてマリアンネを見た。彼女は相変わらずぽやっとした表情で、リューディアの視線を受けるとこちらを見た。


「リューリお姉様、こんにちは」

「うん。こんにちは、マリィ。今日もかわいいね」

「……時々思うのですが、リューリお姉様とお兄様は似ていらっしゃいますよね」

「え、そう?」


 腹黒男と一緒にされたリューディアは、若干ショックを受けながらも微笑んで首をかしげた。マリアンネはそれ以上何も言わずにいちゃつく兄とその婚約者と離れてこちらに来た。


「マリィ。こんにちは」

「こんにちは、エリサ様、セラ」


 ぺこりとマリアンネが頭を下げる。彼女は二人にも挨拶をした後、再びリューディアを見上げた。


「気を付けてくださいね」

「何を?」

「……明日の、舞踏会」


 マリアンネはゆっくりとした口調で言う。


「わたくしは会場の警備をしていますので、何かあれば呼んでください」

「いや、ちょっと待とうかマリィ。何で君、会場の警備なんかするの? 一人?」

「いえ。ユハニ様が一緒です」

「なんかそこだけ攻撃力高くない? 大丈夫?」


 リューディアがツッコみ、さらにエリサもツッコミを入れた。ユハニとマリアンネが一緒だと、確かにそこだけ攻撃力が異常に高い気もする。


「時間帯的に、わたくしが一人で護衛できる時間じゃないですから」


 そのため、保護者代わりにユハニが一緒なのか。確かに、舞踏会は夜に行われる。社交界デビューもまだであるマリアンネが一人でふらふらできる時間ではない。今回は役目があるので見逃されるだろうが、本来なら部屋でおとなしくしていなければならない時間である。


「……そうまでして、どうしてあなたが警備を務めるの?」

「人が足りないので……」


 エリサの当然と言えば当然の疑問に、マリアンネはおっとりと首をかしげながら答えた。


「以前シロラ湖に行ったときに襲ってきたキマイラですが、明らかに人の手が加えられていました。治癒能力を高め、攻撃性を高くし、人の言うことを聞くように魔法をかけられていました」


 そう言えば、一体持ち帰ったんだった。リューディアはアウリスたちと共に先に帰ってしまったため、持ち帰りの現場を見ていない。本当に持ち帰ったらしい。まあ、相手はユハニなので驚くほどのことではないのかもしれない。

 それより、納得できたことが一つ。


「ああ。ユハニが『キメラ』と言っていたのはそういう意味」


 リューディアが納得してうなずいた。『人工的に』と言っていたので、位置から作り上げたのかと思った。


「でも、待てよ。ということは、誰かが襲わせたってことか」

「おそらくは」


 こうして話していると、マリアンネが13歳であることを忘れる。彼女はユハニ経由で事件に巻き込まれることが多いので、逆に何も知らない時もあるのだが、今回はばっちり関わっているらしい。


「あの状況で狙われるなら、お兄様かしらねぇ」


 頬に手を当て、いい笑顔でエリサが言った。マリアンネは答えず、同じ答えに行きついていたリューディアは苦笑を浮かべた。


「まあ、王太子殿下も強いし、いざという時にマリィたちがいるなら大丈夫そうだね。誰もユハニを敵に回したくないだろうし」


 魔法研究所で通称・魔王と呼ばれているユハニである。そのサディストっぷりは貴族間で有名で、そのためか、彼は王家に連なる公爵であり、それなりに顔立ちが整った美形ないのに、浮ついた噂が一つもない。


 ……いや。それは王太子のアウリスも同じか。本当に似ているな、この2人。


 まあ、自分も警戒しておこうかな、とリューディアは少々……いや、かなり令嬢らしからぬことを考えていた。
















 翌日の舞踏会。会場である王宮に向かい馬車の中で、セラフィーナはやたらと機嫌がよかった。その理由は。


「お姉様。その格好、とてもよくお似合いですわ!」

「それはどうもありがとう」


 うっとりと姉を見上げてくる妹に、リューディアは苦笑気味に答えた。


 セラフィーナもリューディアも、貴族の正装だ。しかし、リューディアは正装は正装でも、男性の正装だった。黒のスーツにブーツ、長いプラチナブロンドはうなじで束ね、ばっちり決まっている。リューディアは確かに中性的な顔立ちであるが、言うほど男顔ではないため、どう見ても男装している少女だが、見方によっては可愛い顔の少年にも見えるかもしれない。


 まあとにかく、この格好でリューディアの性格だと、かなりのハンサムに見えるのだ。いや、元から性格は颯爽としているが。

 今日はイェレミアスが騎士の仕事で不在であるため、このような事態になった。いや、今までもエスコート役などはおらず、両親が会場に入るのに合わせてともに入っていたのだが、セラフィーナに恋人ができてからは、彼女は恋人共に夜会に参加していた。相変わらず、リューディアは一人だが。


 だが、今日は違う。両親は弟を連れて現在領地に戻っており、セラフィーナ恋人であるイェレミアスは騎士の仕事中。たぶん、会場の警備だろう。そのため、姉妹二人が残された。

 そこでセラフィーナのわがままがさく裂。姉に男装しろというのだ。基本的に妹に甘いリューディアはそのわがままを受け入れた。決して反論するのが面倒くさかったわけではない。

 それに、男装するといい面もある。ドレスより格段に動きやすいのだ。何かあった時、すぐに動くことができる。

 偶然にも利害が一致し、リューディアはセラフィーナを男装姿でエスコートすることになった。問題は。


「武器は持ち込めないんだよね」

「何物騒なことおっしゃってますの」


 おっと。思わずつぶやきが漏れてしまった。リューディアは苦笑して「何でもないよ」と首を左右に振った。


 壮麗な宮殿が、間近に迫っていた。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


基本的に、こんな感じで行こうと思います。1日おきか2日おきで更新していきます。まあ、連日でいけそうなら連日で投稿します。

というか、10話くらいで終わらせようと思っていたのに、10話では終わらない予感がひしひしと。


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