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【6】















 アウリスが無表情でうなずいたので、リューディアはその令嬢と話をすることにした。気づけば、リューディアとアウリスのまわりには人が増えていた。リューディアとアウリスに話しかけるもので半々くらいだろうか。


 ふと、ボートから降りたリクハルド、ミルヴァの2人と目が合った。ミルヴァはニヤッと口角を上げると、ガンバレ、と言わんばかりに拳を握って見せた。リューディアは思わず顔をこわばらせた。


 あれこれと話しかけてくる令嬢たちの相手をしながら、これならアウリスと2人きりの方がまだましだったかもしれない、と思う。


 だが、それでもそれを顔に出さずに笑顔で相手をするリューディアは、やはりハンサムな女性なのだろう。


 柔らかな風がリューディアたちの髪を揺らした。リューディアはその中に咆哮を聞いた気がして視線をめぐらせた。


「リューディア様。どうなさったんですか?」

「いや、今……」


 不思議そうに尋ねてくる令嬢に言葉を返そうとして、リューディアは口をつぐんだ。リューディアの勘だけでは心もとない。リクハルドにも確認を取りたい。


 鳥が一斉に森の木から飛び立った。リューディアは腰を浮かせる。


「リューディア。何が起こっている」


 同じく立ち上がったアウリスにも訪ねられるが、リューディアも首を左右に振る。


「わかりません。ただ……」


 明らかに、異常事態だ。リクハルドとミルヴァがこちらに向かってくる。エリサがマリアンネをゆすり起こしていた。

 その時、ひときわ大きな咆哮が聞こえた。これは確実に何かいる。こんな街中に、魔物でもいるのだろうか。

 リューディアのその勘は当たっていた。木々をなぎ倒し、現れたのは……。



「キマイラです!」



 そんな大きな声が出たのか、と思うほどの声量でマリアンネが叫んだ。彼女たちが森から現れたキマイラに一番近いところにいる。


 そのキマイラは、いつかリューディアが狩ったマンティコアと似ていた。広義には、マンティコアはキマイラの一種であるらしい。

 ライオンの頭にヤギの胴体、サソリのしっぽ。以前マンティコアを狩った時、このサソリのしっぽが一番怖いのだ、とユハニが言っていた気がする。


 ぐるるる、とキマイラがうなる。その口から微量の炎が漏れた。


 キマイラは顔をめぐらせ、一番近くにいるマリアンネたちに狙いを定めたようだ。リューディアはとっさに駆けだす。


「リューディア、待て!」


 背後からアウリスが呼ぶ声が聞こえたが、リューディアは無視してマリアンネとエリサの前に割り込んだ。スカートの中に隠していた剣を鞘から引き抜き、大きく踏み込んで一閃させる。


「お姉様!」


 マリアンネが叫ぶのと、リューディアがキマイラに一撃加えるのが同時だった。正面からキマイラを斬りつけたリューディアだが、キマイラの口から噴かれた火が彼女のスカートに火をつけた。


「ぅあつっ!」


 後ずさりながらスカートについた火をはたいて消した。マリアンネが「キマイラは火を噴くから気を付けてください」と今更いう。いや、たぶん、彼女が警告する前にリューディアが突っ込んで行ったんだけど。


「エリサ、マリィ」


 リューディアがキマイラと向き合っている間に、リクハルドと護衛の騎士たちがやってきたようだ。リクハルドがマリアンネの背中を押す。


「マリィ。みんなの所に行って、結界張って」

「……わかりました」


 マリアンネとエリサが離れて行く。護衛の騎士に付き添われ、アウリスたちが固まっている辺りで合流した。すぐに、マリアンネが全員を囲む結界を張る。魔法陣が頭上に浮かび、半円状に結界を作った。

 これでとりあえず、彼女らは大丈夫だろう。リューディアはキマイラに向き直る。彼女の隣にリクハルドが並んだ。


「うん。一体なら、僕たちだけで十分かな」


 リクハルドがにっこり笑いながら剣を構える。むしろ、戦力過剰な可能性もある。リューディアは『カルナ王国の最終兵器その二』であるし、リクハルドも相当の腕を持つ魔法剣士だ。いざとなれば騎士たちもいるが、彼らはマリアンネの結界の周囲で彼女らを護っていた。

 リューディアとリクハルドは同時に動いた。キマイラが火を吐く。それをかろうじて避け、リューディアとリクハルドがキマイラの両側から胴体に剣を突き刺した。キマイラが咆哮をあげて身をよじる。

 剣を引き抜くと、キマイラはふらついていたが、倒れなかった。しかも、少しずつ傷口がふさがっていっている。リクハルドが顔をしかめて言った。


「首を落とそうか」

「……それがいいかもね」


 リューディアも同意したところで、二人はやはりキマイラに飛びかかろうとしたが。


「きゃああっ!」


 誰かの悲鳴が聞こえて、リューディアは動きを止めた。見ると、別のキマイラが結界に突進して体当たりしていた。護衛の騎士たちが応戦しているが、魔物相手に戦ったことがないのだろう。戸惑った様子を見せている。


「リク! こっちは頼んだ!」


 一方的に言い置くと、リューディアは結界の方に走って行く。その勢いのままキマイラを斬りつける。強引にキマイラを結界から引き離したリューディアはまごつく騎士たちに叫ぶ。


「手を出せないならさがってろ! 邪魔だ!」


 何もしないのにその辺をふらつかれても邪魔である。リューディアの剣幕に押された騎士が二・三歩後ろにさがった。

 キマイラが火を噴く。避けようとしたが、その前に、目の前に結界が張られた。マリアンネがリューディアの前に結界を張ってくれたようだ。

 キマイラは連続して火を噴けないようだ。リューディアは両手で剣を握り、刃を地面と水平にすると、一気に間合いを詰めキマイラの首のあたりを斬りつけた。先ほどリクハルドが言った『首を落とす』を実行しようとしたのである。


「っ」


 鋭い爪をもつ足で攻撃され、リューディアは後ろにさがった。スカートが詰めに引っかかり、破れる。

 どうやら力が足りないらしく、首を斬れなかった。再び噴かれた火を避け、リューディアは地面を蹴り、飛び上がる。自分の体重を乗せ、彼女は上からキマイラの首を貫いた。キマイラが咆哮を上げ、振り払おうと首を振る。リューディアは投げ出され、地面に激突した。


 倒れたリューディアに、キマイラが向かってくる。立ち上がろうとするが、間に合わない。覚悟を決めたが、キマイラは突然倒れた。


「……え」


 思わず間抜けな声が漏れる。見ると、リューディアが剣を突き刺したのと同じあたりに、大きな氷の槍が刺さっていた。魔法攻撃だ。


 リューディアは思わずマリアンネを見た。


 結界内にいる彼女は左手に魔法陣を展開していた。明滅していたその青白い魔法陣はすぐに見えなくなる。おそらく、彼女がキマイラにとどめをさしたのだろう。

 かわいらしい顔をして、マリアンネも結構恐ろしい。あれか。ユハニの側にいるせいで、やることが似てきたのか。以前マンティコアを狩った時も、とどめをさしたのはユハニだった。


「リューリ。大丈夫かい?」

「……ああ。大丈夫」


 剣を右手に持ったリクハルドが左手を差し出す。リューディアはその手を取って立ち上がると、そこで初めてリクハルドの隣にイェレミアスがいることに気が付いた。


「イェレ。何してるの」

「何って……私もキマイラを倒すのを手伝おうとしたんだけど、リクハルドさんとリューリがあっさり仕留めちゃったから茫然としているところ」


 どうやら、他の騎士たちとは違い、イェレミアスは協力しようとしてくれたらしい。ちなみに、キマイラを前に戸惑っていた騎士たちはアウリスとミルヴァに説教されている最中だ。


「ああ、なるほど。でも、こっちのキマイラを倒したのは私じゃなくて、マリィ」


 首の後ろに氷の槍が刺さっているキマイラを指さす。リクハルドが倒したと思しきキマイラは、きれいに胴と頭がわかれていた。

 よく考えれば、たくさんの令嬢たちの前でとんでもないことをしてしまった気もするが、まあいいか。キマイラに襲われるよりはマシだろう。


「お兄様、リューリお姉様」


 マリアンネがぴょこぴょこ走ってくる。走るにしては遅く、早歩きくらいだ。しかし、彼女的には頑張って走っているのだろう。転ばないように、彼女はドレスの前部分を持ち上げていた。


「今、騎士の方に伝令に行ってもらいました。そうかからずに増援が到着すると思います」

「わかったよ。ありがとう、マリィ」


 リクハルドがマリアンネの頭をなでた。というかこの男、キマイラとあれだけの立ち回りを演じておいて、返り血がほとんどない。いや、リューディアもほとんど浴びていないが。


「そう言えばマリィ。さっきはありがとう。助かった」

「いえ……」


 礼を言うと、マリアンネは首をかしげた。リューディアはふと思い立って尋ねる。


「もしかして、マリィ一人でもキマイラを倒せた?」


 マリアンネは少し考え、おっとりと答えた。


「いえ。難しいと思います。……わたくしでは、キマイラのスピードについて行けないですし……」


 先ほどはリューディアに気を取られていたから、仕留めることができたのだという。そう聞いて、リューディアは苦笑した。


「マリアンネ。聞いていいか? キマイラとマンティコアって何が違うんだ?」


 尋ねたのはイェレミアスだ。リューディアも「それは私も思った」とうなずく。二人とも、マンティコアを目撃した人物なのだ。だからこそ、似ていることに気が付いた。


「……マンティコアは、キマイラの一種になるんです。多くの生き物が合わさっているのがキマイラで、基本的にライオンの頭、ヤギの体、毒サソリのしっぽを持ちます。その中でも蝙蝠のような皮膚をもち、人面ライオン的なのがマンティコアです」

「……結局、どういうこと?」


 リューディアが首をかしげると、マリアンネは「とにかく、合わさっているものでキマイラかマンティコアか区別されるんです」と言った。


「リク! 増援が来たわ!」


 ミルヴァが叫ぶ声が聞こえた。見ると、確かに騎馬が森を抜けて近づいてきていた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さすがに連続投稿はここで打ち止めです。まあ、2,3日に1話くらいのペースで更新できるように頑張ります。


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