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【2】

王太子登場。でも、会話がほとんどないです……。















 率直に言おう。リューディアの心情としては、「え、なに?」と言った感じであった。セラフィーナに声をかけるのかと思いきや、まさかのこちら。言ってしまえば男顔の令嬢を誘って、何が楽しいのだ王太子。


 やはり、彼の考えることはよくわからない。


 怜悧なアイスブルーの瞳がリューディアを見つめている。彼女もジェイドグリーンの瞳を細め、彼を見つめ返した。


 ……自然、にらみ合うような構図になる。


 セラフィーナが小声で「何してますの、お姉様」とささやいてくるが、にらみ合いは終わらない。王太子が声をかけたとあって、多くの貴族が注目していた。

 アウリスが夜会で自分から女性を誘うのは珍しい。まったくないわけではないが、みんなが注目してくる程度には珍しいということだ。リューディアも記憶している限り、アウリスが自分から誘うのは身内の女性だけだ。


 もちろん、リューディアは宮殿に出入りしているものの、彼の身内ではない。


 そんなわけで、より注目が集まっていると考えられた。


 さすがのリューディアも、衆人環視の中で王太子にダンスに誘われ、断る勇気を持ち合わせていなかった。ニコッと笑ってアウリスの手を取る。


「喜んで」


 隣のセラフィーナが嬉しそうな声を上げる。彼女を振り返って軽く手を振り、リューディアはアウリスに連れられてダンスフロアの中央まで来た。周囲の貴族たちは、王太子の邪魔はできないとばかりに中央を空け、自分たちはダンスをやめて見守る姿勢に入っている。みんなも踊ってくれればいいのに。

 アウリスは、王太子なだけあってダンスがうまかった。リューディアは女性にしては長身なのだが、アウリスもかなり背が高いので身長差もいい感じだ。長身のリューディアにとって、ちょうどいい背丈の男性というのは希少な存在だ。


 ただ、アウリスはリードがうまいが、どこか機械的な感じがした。はっきり言って、踊っていてあまり楽しくない。少女たちは彼の氷のような冷たさを「クールで素敵」というが、リューディアにはその良さがいまいちわからなかった。



 なんで私はこんなところで踊っているんだ……。



 互いに無表情なので、今、アウリスとリューディアのペアは人々の目にさぞかし奇異に映っていることだろう。


「……楽しくないか?」

「えっ?」


 声は聞こえたが、アウリスが自分に話しかけているのだと気付くまでにしばらく時間がかかった。

 じっと、アイスブルーの瞳がリューディアを見つめていた。ジェイドグリーンの瞳が怜悧なその顔を見つめ返す。


「……いいえ。とても楽しいです」


 リューディアは、そう嘘をついた。
















「なんだったんだ……」


 結局アウリスと一曲踊りきったリューディアはわずかに眉を顰めながらダンスフロアから離脱する。リューディアが離れたアウリスには、かわいらしい令嬢たちが群がってきている。やはり王太子も、ああいったかわいらしい女性の方がいいのだろうか。自虐的にリューディアはそう考える。何度も言うが、リューディアには可愛げがないのである。

 とりあえず、セラフィーナともはぐれてしまったので、壁際に避難しよう。そう思って歩き出したリューディアに声がかかった。


「リューディア様! ご機嫌よう」


 見ると、リューディアのまわりにも王太子の周囲にいるのと同じような、かわいらしい令嬢たちが集まっていた。反射的にリューディアは笑みを浮かべる。


「ごきげんよう、お嬢様方」


 その瞬間、令嬢たちがきゃあっと盛り上がる。リューディアは頬が引きつるのを感じた。


 リューディアには可愛げがない。その振る舞いは淑女というより貴公子のようで、外見も中性的だ。背が高く、さばさばした性格の彼女は、無駄に女性にモテた。一部の男性にねたまれるくらいにはモテた。


「リューディア様、今日も素敵でいらっしゃいますわね!」

「ドレス姿もとてもお似合いです」

「王太子殿下ともお似合いでしたわね」

「でもでもッ。やっぱり、男装されたお姿の方が……」

「わたしもそう思いますっ」


 令嬢たちの勢いに押されて、リューディアは頬をひきつらせたまま若干身を引いた。その分、令嬢たちは間合いを詰めてくる。

 正直、かわいらしいお嬢さんたちに囲まれて悪い気はしないが、こうして迫られるのは苦手だった。最近の令嬢は押しが強いものが多い。


 ふと視線を感じてそちらを見ると、リューディアの二倍近い令嬢に囲まれているアウリスがこちらを見ていた。その表情が面白そうなものを見ているように見え、リューディアは内心むっとしたが、彼も令嬢たちに囲まれて大変なのだろうな……と少し同情もした。


「リューディア様。今度、わたくしとダンスを踊ってくださいませ」

「あ、ずるいわ! ぜひわたくしとも!」


 令嬢たちがまたきゃあきゃあと騒ぎはじめ、リューディアはそちらに意識を戻した。リューディアはたまに男装して舞踏会にやってくるため、そういう時は女性と踊ることにしている。どう考えても変人のふるまいであるが、似合っているので容認されているようだ。リューディアがティーリカイネン公爵令嬢であることも関わっているのだろう。

 リューディアは苦笑して言った。


「男装をしている時なら、お相手願おうかな」


 そう答えると、わっと令嬢たちは湧き上がった。こういうことを言うから、リューディアは女性に無駄にモテるのだが、そのあたり、本人に自覚はない。彼女が男性に生まれていたら、究極のフェミニスト、もしくは女ったらしになっていたことだろう。

 そして、その男だったら女ったらしだったかもしれない少女は、妹が自分の思い人と楽しげに話をしているのを見て、深々とため息をついたのだった。
















 翌日もリューディアは登城していた。とはいえ、今日は宮殿に用があるのではなく、宮殿に隣接する王立魔法研究所に用があったのだ。


 リューディアはティーリカイネン公爵家の長女であり、ミルヴァの遊び相手でもあるため、かなり自由に宮殿に出入りできる。勉強や訓練にいそしんでいないときは、よくミルヴァや第1王女エリサに誘われて宮殿でお茶をしているし、こうして魔法研究所を訪れることもあった。


 勝手知ったる魔法研究所は、森の中にある。魔術師たちの研究が少々危険であるため、宮殿から少し離されているのだ。

 小道を抜け、研究所が見えてくる。たまに玄関先で謎の実験をしている魔術師がいるのだが、今日はいなかった。


「おはよう。マリィはいるかな」


 研究所の建物に入ったリューディアは、受付の女性にそう尋ねた。魔法研究所は中にいる職員だけではなく、受付嬢も変わっていた。


「あ、リューディア様。おはようございます。マリアンネ様ならもう来ていますよぉ」


 間延びした口調で彼女は言った。おそらく、この性格のせいで彼女はこの王立魔法研究所の受付に回されたのだろうな、とリューディアは推測する。

 受付嬢に礼を言うと、リューディアは迷わずに足を進めた。目的の扉をノックし、返事があったことはないのでそのまま中に入る。


「おはよう」

「ぬあっ!? リューディア様!?」


 女性魔術師が驚きの声を上げ、その手から謎の物体がリューディアに向かって飛んできた。持ち前の反射神経でリューディアはそれをよける。魔法研究所は危険なものが多いので、物に触る際には気を付けなければならない。よくわからないものにぶつかられるなどもってのほかだ。


 そして、リューディアのその判断は正解だった。


 リューディアの背後にあった扉に、その謎の物体はぶつかり、シューッという音を立てて扉を溶かした。丸い穴が開く。


「……アイリ。今の、何?」

「あ~う~。研究中のスライムです~」


 申し訳なさそうに女性魔術師アイリが言った。何故スライムなど研究しているのか。そして、何故溶けるのか。確実に当ったら危ないパターンの物だった。リューディアでなければよけきれないだろう。


「……どうかしたの?」


 部屋の奥にある扉の一つから、少女が顔をのぞかせた。リューディアとアイリがいるのは共同研究室、奥にあるのが個人研究室だ。その一つから、十代も前半であろう少女が顔を出している。

 長いアッシュブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳をしたかわいらしい少女だ。長すぎる髪を切れば、もっとかわいらしくなるだろう。大きな瞳は少したれ目気味で、どこかぼんやりとした印象を受ける。リューディアは彼女を見て微笑んだ。


「久しぶりだね、マリィ。元気そうでよかった」

「リューリお姉様」


 マリィことマリアンネ・エルヴァスティはリューディアを見て嬉しそうに個人研究室から出てきた。嬉しそう、というのはリューディアの勝手な見解だ。何しろ、マリアンネはあまり表情を変えないのだ。

 ちょこまかと近寄ってきたマリアンネはワンピースの上に白衣を着ている。アイリも来ているので、おそらく、研究所の中では白衣が普通なのだろう。


 近づいてきたマリアンネはリューディアよりも顔一つ分ほど小柄で華奢だ。彼女は、リクハルドの実妹にあたる。つまり、リューディアの従妹でもあるのだ。


 現在13歳である彼女だが、優秀な魔法の研究者であるらしい。その若さで彼女が魔法研究所にいるのは、5年前の母親の死後、エルヴァスティ侯爵邸を我が物顔で歩くようになった父親の愛人が関係している。愛人は正妻の娘であるマリアンネをいじめていじめて苛め抜いたのだ。結果、マリアンネは少々人間不信である。


 当時16歳だったリクハルドは、隣国に留学していたが、母親の死を受けて急きょ帰国。そのままこの国、カルナ王国の寄宿学校に通うことになる。すると、マリアンネは愛人とその娘たちがいる屋敷で、誰も味方がいない中で過ごすことになる。リクハルドがいるときは虐待もなりを潜めていたが、彼が学校に戻ると当然のようにマリアンネを物置に閉じ込め、雪が降りしきる中裸足で外に出したりしていた。


 これはまずい、とリクハルドは判断。4年後、20歳になり宮殿でも力をつけた彼は、当時所長が代わったばかりの王立研究所にマリアンネを放り込んだのである。彼女が12歳の時である。


 彼女に魔力があることはわかっていた。もともと、それなりに魔術は習っていたようで、12歳の時点でかなりの才能を開花させていた。頭も悪くないし、マリアンネの預け先としては最適だった。リクハルドの職場にも近いし、魔術師としてマリアンネが力をつければ、虐待もなくなるだろうという判断である。


 そして、それが功を奏したかは不明だが、マリアンネは1年余りで王立研究所でも一目置かれる存在となったのである。


「お姉様。何かご用……アイリ、あのドア、どうしたの?」


 こくん、とかわいらしく首をかしげてマリアンネがアイリを見た。共同研究室にはリューディア、マリアンネ、アイリの3人しかいない。この中で消去法をしていけば、扉に穴をあけたのはアイリということになるのだ。

 眼鏡をかけた野暮ったい女性魔術師は、ばつが悪そうに間延びした声で言った。


「研究中のスライムです~」

「……危険物はちゃんと保管しておかないと、ユハニ様に怒られるよ」

「う~。わかってます。直しておきます~」


 魔術師は壊れたものを直す力があるものもいる。アイリにもあるようだ。


「お姉様はどうしたんですか?」


 おっとりしているが、実はしっかり者であるマリアンネはリューディアを見上げてさっきとは反対に首をかしげた。リューディアはその様子を見て頬を緩めた。


「いや。久しぶりに一緒にお茶でもしないかと思って」


 実は、昨日の夜会が無駄に疲れたので、癒しを求めてマリアンネの元にやってきたのだ。小動物的な可愛さを持つマリアンネは、癒しには最適だ。

 癒しというのなら、セラフィーナも癒し系美少女であるが、やはり昨日の今日では少々遠慮がある。身内だと話しづらいこともあるのだ。対してマリアンネは身内であるが従妹だから近くも遠くもなくちょうど良い感じだ。


 マリアンネはリューディアより四つ年下だが、外見の割に大人びている彼女は聞き上手だ。聞き上手というか、聞き流しているともいう。何より、癒し度が高いところがいい。(しつこい)


「……わかりました。どこに行けばいいですか?」


 そう尋ねたマリアンネの態度からは、人目に付きたくない、という思いがありありと読み取れた。人間不信気味のマリアンネは、人の多いところに出たがらない。


「じゃあ、君の研究室は?」

「……散らかってるんですけど……それでも良ければ」

「ちなみに、危ないものはない?」


 たとえあったとしても、何とかできる自信があるリューディアだが、あえてそう尋ねた。マリアンネは

「わたくしは理論系の研究をしているので、怪しい物体とかはないです」と答えた。うん。意味が分からない。


 とりあえず、半泣きで扉を修復しているアイリを置いて、リューディアはマリアンネの研究室に足を踏み入れた。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アウリスの活躍は後半になりますかねぇ。活躍するんですかね、この男←

今回と次回はマリアンネのターンです。


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