閻魔大王、裁縫教室を開く
ここは地獄。群雄割拠の動乱が続いている世界。
この地獄で最強の男がいる。その名は、トームル・ベイ。”閻魔大王”とこの地獄では謳われている絶対の強者だ。
何十万の軍を相手にただ1人で立ち向かい、滅ぼしてしまうほどの絶対的な者。負けを知らぬ者と言っていい存在。
「むっ!」
しかし、そんな”閻魔大王”にも勝らぬが、張り合おうとする強者もいる。閻魔大王に触れ、身につけている骸骨のペンダントを剥ぎ、ゆったりとした服にも傷をつけた者。
「中々の剣の達人だな」
閻魔大王は基本的に素手での戦闘。他の能力も使うが、手には何も持たない。
「顔は覚えておこう、来世でもっと修練するのだな」
手に触れれば相手が消し飛んでしまう。恐怖が増大し、無残に体が破裂してしまった強者。少しだけ楽しい戦闘に満足できた閻魔大王がそこにいた。
「しかし、お気に入りだったんだがな……」
1時間後、戦闘から終えて自分が率いている軍の領地に戻った。剣士に斬られた骸骨のペンダントを修繕し、自分の服も自分で修繕しようしていた。どちらも閻魔大王のお気に入りだったのだ。
この絶対強者は意外にも、とてもご立派なアイテムを持っていた。
マイ裁縫道具とマイ大工道具。
部下達はあまり彼が家庭的な一面があることを知らない。独身であるのは知っている。孤高に生きている者、1人で生活できる能力がなければいかんのだ。
トームル・ベイは圧倒的な強者である所以に、こーいった者を独自で知りながら実行しているところにある。
ペンダントの方は上手い事チェーンをもう一回付け直して、元に戻すことができたトームル・ベイ。40分ほどの時間と労力で修繕完了。
一方で服の方は難航していた。やはり戦闘に赴く身。中途半端な修繕は途中で切れるだけだ。しっかりとやりたいところなのだが、マイ裁縫道具を駆使しても中々上手くいかない。
「うーむ」
絶対的に強い奴は困っていないだろうと、そう思っている弱者もいるだろう。
しかし、強い奴が全てにおいて上手くいくわけではない。トームル・ベイも裁縫はあまり得意ではない。
上達するにはどうすれば良いか?上手くいかない理由を模索するとか、人から指摘をもらうとか。それよりも根本的に大事なのは気持ちである。
上手くなりたいと、そーやって願わないとまず上手くいかない。今の閻魔大王は服を直したい一心だった。
部下に見てもらう手もあるが、自分に心酔している者達はきっと自分から服を取り上げて直してしまうだろう。トップの辛いところだ。弱いところは見せたくない。
とはいえ。プライドを守っていたら良くないこともある。これを気に部下達のケアをしようと閻魔大王は考える。
「軍全体の修繕作業っすか?」
「地味なことに1週間使うと?」
「確かにここのところ連戦で、軍の備品が傷んでいるのは確かですが。1週間も必要ですかね?新しいのを手配するとかでも……」
彼の幹部達はちょっと困惑していた。閻魔大王が言うのなら、理解はするが。
「しかし、意外ですね。閻魔大王様がいれば突き進むものだと思いましたが……」
「アホ。であれば軍など率いておらんぞ。軍を考えるのも閻魔大王。ひいては上に立つ者の考えよ」
閻魔大王の軍は確かに精強であるが、ずば抜けて閻魔大王が強すぎる。幹部達はきっと全員掛かりで閻魔大王を襲っても負ける自信があった。
このお方は偉大すぎる。精神的に劣ってしまうのも分かっている。
ともかく、かくして閻魔大王考案の軍の備品整備が行なわれる。
武器や防具の整備。生活面、衛生面の道具の掃除、修繕。大所帯であるため、その作業の量は多いが修繕されるスピードも大分違っている。
閻魔大王は自分も入れて十数人の兵士達に裁縫道具を持たせ、兵士達が日ごろから着ていた衣服を直す作業をした。
「確かに穴が空いていてかっちょ悪かったんだよな」
「戦いばかりしてたら、こーゆう暇はとれないよな」
最初こそはほとんどがその真意に気付けなかったが、戦場を忘れられる日常を振り返る瞬間。兵士達にとってはありがたく、戦場では見せない違った笑顔で修繕作業に夢中だった。ささやかな有り難味を身に染みさせる。
「よし!始めるぞ!糸と針は沢山あるから、順次しっかりと修繕するのだぞ!」
みんなとやればできない事もできるようになる。閻魔大王は兵士達が不慣れといえ、自分なりに上手く穴を縫っていくところを観察していた。上手い奴の動きを見て、やり方を聞かず見様見真似で習得する。
「なるほど」
コツさえ、重要なポイントさえ分かればどんな事もできるものだ。できなかった箇所を上手い事縫って、自分の衣服をしっかりと修繕した閻魔大王。ご満悦の顔。
そして、今度は日ごろから頑張っている兵士達の衣服の修繕に取り掛かった。口では言えないが、かなりの数をこなしている。練習のおかげで比較的小さい穴は簡単に縫って塞げる器量がある。
やるたびにその速度と質が上がっていく。やはり、彼は持っている物が違う。
「はぁ~~」
そんな中で上手く裁縫ができない兵士が3人ほど。それはやっぱりやったことがないからだ。閻魔大王がすぐ近くにいるから、嫌々やっているような雰囲気を出していた。無論、その雰囲気を敏感に感じ取れる閻魔大王。人手は多い方が良いのだ。
「どうした?手が止まっているぞ」
「いや~……その」
「俺達は兵士っす。こんなのやったことがなくて」
「できないとつまらないっすからね」
家事が楽しかったら良いけどな。
閻魔大王はそーいった空気も欲しかった。きっと、こーゆう向上心が欠け始めている者はいずれ命を落とす。それも後悔して落としてしまうタイプだ。
何事も真剣に取り組む必要はないのだが、周りのレベルを察知してしまう。仕方のない命の差別に付き合う必要はないはずだ。
「どれ、ならば我が教えてやろう。針を握れ」
「え、閻魔大王様自らご指導を」
「裁縫を教えるんですか!?」
閻魔大王は武の天才であるが、裁縫では凡人に等しかった。沢山練習したからできるようになった。しかし、兵士達はきっとその理由を聞いても理解できないだろう。
天才と凡人の意味を知っているからだ。
「何かを始めるコツはやはり楽しくやることだな!」
裁縫の楽しさに関わらず、一番楽しむというのを知るには小さな成功からである。閻魔大王はやりやすそうな衣服を選んで兵士達の前に置いた。
「まずはステップ1!楽しく、穴を縫っていく。失敗してもいいからやる!」
「でも、これは人の服ですよ。下手なことはできません!」
「上手くなったらもう一回挑戦すればいい。簡単なことだ。1週間あればどうにかできるものだ」
「えーーーっ!?」
小さな成功の積み重ね。針の動かし方。縫い方。どれも雑としか良いようがない、不器用な兵士達だ。
「うむ。まー、最初は上手くいかんよ」
「上から目線……」
「それは仕方あるまいことよ。我より上手い裁縫の達人だっておろう。どこかにな」
たった数回で上手くなるわけがない。上手い者の99%は山のように高くなるほど努力を積み重ねたものだ。しかし、山のほとんどは雲には届かない。
ある一定の水準さえあれば良いと思っている。閻魔大王も達人になる気もないし、裁縫で雲の上に立つ気もない。
「裁縫に限らんがな。上達を知るには自分を知る必要がある。闇雲に練習するのも一つだが、自分の欠点を見抜くことも大事だ」
閻魔大王はホントにゆっくりした作業だった。いくら上手だからといって速いわけではない。正確さを閻魔大王は実行していた。
「まずはやってみる。終わったら、馬鹿みたいに喜んでみる。少し時間を置いてダメな部分を見てみる。それを逸らして次に移ると反省は活きないものだ。もしかすると、自分はその行為を嫌っているともとれる。楽しいことばかりじゃないんだ」
どんなことにも。閻魔大王という存在が才という言葉だけでは片付かない感情に加え、経験がある。
「我は早く終わらそうとせっかちでな(部下に見つかると恥ずかしいので)。時間をかけて悪いところを発見して、それを修繕するという。とても単純なことに気付けたのにかなりの時間が掛かった。欠点に気付くまでに沢山の時間と練習を結局は擁するだろうな。嫌いだと止めていた」
やる気がなければ実行はできない。また、もっとやる気がなければ見直しはできない。この見直しに辿り着くまで、どれだけの苦労が掛かるだろうか。閻魔大王だって人。知れたのには随分と掛かった。
「自分の粗探しなんて楽しくはなかったぞ。でも、上手くなるとそんな自分がいて良かったと思った。よーやく、形になれば苦労していた部分はなくなる。基本が出来たとはこのことを言うのだろうな」
兵士のメンタルケアも裁縫をしながらしてしまう上司の鑑。上手くいかない時の、しっかりとしたケアだった。
「おっ。上手くなった!まだあとこんなにあるからしっかり修繕するぞー」
この1週間の修繕作業で多くの兵士達は安らぎと向上心を養った。戦う以外のことにも興味が沸いた。上手くなるため、強くなるため、挑戦するため。
閻魔大王の軍がどうして精強かよく分かる。閻魔大王1人だけではないのだ。