唐突に朝倉さん
「謎掛けをしてみようか」
私の友人朝倉さんは突然なにか始めてこちらを圧倒することが多いが今回はこんな始まり方だった。
次の日が1限だけだったので僕は大学の近くにある朝倉さんのアパートにお邪魔させてもらっていた。しかし、家について炬燵の電気を付けながら朝倉さんはおもむろに謎掛けを提案してきたのである。
「唐突だね。どんな謎かけだい?」
特にやることもなかったし、ゲームもやり尽くしていたので朝倉さんの突拍子もない提案に乗っかる事にした。
「謎掛けと言えるかは自信がないんだがね、私に彼氏がいることは君も知っているだろう?」
そう、朝倉さんには彼氏がいる。朝倉さんは不意に何かをし始める人だけれどはたから見ればスタイルのいい美人さんなので、男友達の中でも人気がある。そ して、これはあまり知られていないことだが朝倉さんには社会人の彼氏がいる。僕も直接合ったことはないのだが朝倉さんに見せてもらった写真には如何にも真 面目そうな好青年とにこやかな笑顔を浮かべた朝倉さんが仲睦まじそうに写っていた。朝倉さんいわく、真面目そうに見えていたずら好きらしい。のろけられてなんだか胸が痛かったことを覚えている。その彼氏の事と謎かけが一体どう関係してくるのか。
「でもね、私もう一人付き合っている人がいるの」
これは思ったのとは違う方向に話が進みそうだ。僕は若干朝倉さんなら二股してもうまくやっていけそうだなとか思いながらも疑問に思ったが。
「そうなんだ…… ちょっと意外だけど僕が何か言える立場ではないよね」
そう、僕は友人GとかQとかそこら辺の間柄でしか無いのだ。僕がとやかく言う筋合いではない。
「君はそう答えるか、なるほど、なるほど実に君らしい」
などと僕を見ながらにやけている。なんだっていうんだろう。
「やはり君はナンパな男ではなく私が見込んだ通りの硬派な男のようだな」
「一体何なんです?謎かけと二股は関係ないんですか?勝手に納得しないでくださいよ」
僕若干不機嫌になっているのを気にせず、朝倉さんは一人で勝手に納得している。
「いやな?君のことを少し試してみたくてな? 詰まるところ君は私の家に入っても私のことを襲ったりしないそうやつだと改めて確認できた、そういうことだよ」
全く訳がわからないし、僕は女の子を襲うような真似は絶対にしない。そういうことはちゃんとお互い好き同士でやることであって……
「いや、君のことを信用していないわけではないんだがね。私には彼氏がいるだろう? だから念には念を入れておきたかったんだよ。すまんね」
結局、なんだかよくわからないまま流されてしまった。僕はいつも朝倉さんにいいように遊ばれてしまうのが少し悔しかった。もちろん、朝倉さんと話すのは楽しいしこうやって家に招いてもらえるほど信用されているのは嬉しくないわけではないのだが。
「朝倉さん結局朝倉さんは二股してないんですよね?」
僕も一応念の為に聞いてみることにした。いや、二叉するような人だったら嫌だなぁと思って確認したかったのが本心だけれども。
「もちろん、私が好きなのはただ一人今の彼氏。それ以外は君と同じライクだよ。心配いらない」
安心した影で少しのろけられて傷ついている僕がいた。こんなことでいちいちダメージを受けていたら身がもたないと自分でも思う。しかし、どうやら僕は一 途で諦めが悪く惚れっぽい。たまたま出席番号が一個前だっただけの朝倉さんから話しかけてもらったから仲良くなれただけだというのに。
などと、僕が一人で悶々としていると朝倉さんが僕の頭を唐突に撫でてきた。
「うん。君の髪はなで心地がいいな。癖になりそうだな」
「なにしゅるんですか!」
朝倉さんの不意打ちにはそろそろ慣れたいと思っていたのにどうやら慣れるよりも不意打ちのほうが進化しているようだ。顔が熱い。からかうにも限度がある。惚れっぽい自分が本当に嫌になる。本当に諦められなくなってしまうのが怖い。
「しゅるって言ったね? 君、少しは動揺を隠したらどうかね。それじゃあ私が楽しいばかりだよ」
彼女が嬉しそうというだけでからかわれたことへの怒りはどこかへ消えてしまう。僕も彼女の特別になれるんじゃないかなんて期待がすぐに顔を出す。
「君ね。私も彼氏がいるんだよ? そうやって私を君の可愛さの虜にしようと必死にされると私だって君のことを抱きしめたくなるんだよ?」
自分でからかっておいてひどい人だ。本当に無邪気なのか意地悪なのか、それとも両方なのか。分からない。でも、今の関係で僕自身がどうしようもなく満足しているのを僕自身が分かってしまっているのだった。
「朝倉さんは意地悪です。僕のこと知っていてそういうことをするんだ。さっき僕が襲うようなことはしないって言っていましたけどそれだって先輩が勝手に」
「君はしないよ。それは君自信がわかっていることだろう? 私が二股をしていると嘯いても君は二股を否定することをしなかったね。それは君がどうしようもなく臆病だからだ」
朝倉さんは僕のことをわかったように続ける。
「君は例え、私が本当に二股をしていたとしても私を許容しただろうね」
僕が何も言えずに埃一つ無いフローリングをみつめていると朝倉さんは溜息ともつかない息を一つ吐いて、こちらへ近寄って来て僕の右にしゃがんでから、
「夕食を食べに行こう。からかったお詫びにデザートを奢らせてもらうよ」
僕は黙ったまま立ち上がって朝倉さんを見下ろしてから、大げさなため息を深くついてから上着を着た。
「今日はお寿司が食べたいですね。デザートはコンビニで買いましょう」
朝倉さんに背を向けながら言い放つと、後ろから朝倉さんの押し殺すような笑い声が聞こえてきた。