主人公
俺はそのままシルバに背を向け、一直線に飛んでいく。
血を流して倒れている、ティオのもとへ。
さきほどは気が動転していてまともにティオを見ることができなかったが、今なら冷静見ることができる。
いや、冷静に、はウソか。だって、こんなに手が震えている。
いつも気高く、強かったティオは見る影もなく。
弱々しく、息も絶え絶えに倒れていた。
「ティオ……」
「ソーマ、その姿、は……そう、あなたは、特別、だったのね……ゴホ、ゴホッ!」
「しゃべるな! 今から回復魔法をかける! この魔力量ならきっと助かるはずだ!」
「ふふふ、ソーマはいつも、そうやって必死な顔しながら、私を助けてくれるのね……どうして、かしら」
どうして、だって? それはこっちのセリフだっての。どうして苦しいはずなのに、今にも死んでしまいそうなのに、笑ってるんだよ。その笑顔をつくるのだって辛いはずなのに。証拠に、唇の端だって震えてるし、まぶただって閉じかけだ。他人から見れば歪んでいるように見える表情も、俺には心臓を貫かれるくらいの衝撃と、なんだかよくわからないじんわりと温かい感じを与える、可憐な笑顔に見える。
「そんなの決まってる。ティオが、好きだからだ
」
こんなこと、この状況で言うつもりじゃなかったのに。
自然に口をついてでたその言葉に、俺自身がとまどっていた。
同時に、胸の奥底にストンと落ちる感覚。
感情より先に、心が、好きだって言いたがっていたんだ。
「え……?」
ティオも驚きすぎて今しがたしていた表情が吹き飛んでしまっている。
いけない。このタイミングで言うべきことではなかった。なんとかごまかさないと。
「も、もちろん相棒としてな、相棒として!」
やばい。焦って声が裏返ってしまった。バレたかな。
「く、ふふ、いつものソーマね……」
よし、なんとかいけた。いつもの、ってところが気になるけど。
さっきのセリフは、この戦いが終わって落ち着いてから言おう。今度はごまかすことなく。
そのためにも、今は。
「――再生の銀光」
制御するのが困難なほど膨大な魔力を使ってティオに回復魔法を施す。
すると、胸にあいた5本分の爪痕がみるみる治っていった。出血は止まり、穴はふさがり、見た目も普段と同じものに戻る。
本来は骨折等の治癒を早めるくらいの魔法だが、竜神化によりここまで強力な効果を発揮するとは。ある程度予想はできていたが想像以上だ。
「すごい、痛みも消えてる……ありがとう、ソーマ。これでもう一度戦える」
あれほどの戦力差を見せつけられたのに、まだ諦めてないというのか。
でも、勇気と無謀は違う。もう目の前でティオが死にそうになる姿なんて見たくない。
俺にはさっき思いついた作戦があった。いや、作戦なんて言えるものじゃないか。
この方法ならティオの危険は減らせる。説得が失敗したからこそできることだ。
「ごめん、ティオには他にやってほしいことがあるんだ。俺に考えがある」
「聞くわ。でも手短にね。あなたの竜、限界寸前よ」
ティオの視線を追うと、あの大きくてグレイヴの動きにもついていけていたシルバが追いつめられていた。
『主よ、早くしてくれ! このままでは!』
「ちっ、しぶといな。ガキ竜のくせに!」
これ以上シルバに無理させるわけにはいかない。
「わかった。簡単に言うと、ティオ、メイル、シルバに前線に向かってほしい」
「もちろんソーマも一緒よね?」
ティオは俺の考えを見透かしているかのような瞳で見つめてくる。女のカンってやつはおそろしい。
「いや、俺はここに残ってあいつを足止めする。ティオたちがマテリア王国本隊、ユキトたちと合流すれば犠牲者も減らせるだろうし勝率も上がる。グレイヴの本体を消滅させればきっとアレクの魂をグレイヴから解放することができるはずだ。でも、アレクの身体を乗っ取っている人間の姿のグレイヴと、前線にいる伝説の竜そのもののグレイヴを両方相手するとなると相当キツい戦いになる。アレクの身体がより魔力供給を受けやすくなるし。だから、ここで俺が1人で持ちこたえる。まあ大丈夫だろ。俺もあいつと同じ姿になれたしな」
そう言うと胸ぐらをつかまれてしまった。そんな必死な顔しなくてもいいのに。
「何言ってるのよ!? 大丈夫なはずないじゃない! 相手は竜契約者として最高峰の力を持っていた兄さんの身体と、かつて大陸中を蹂躙しかけたグレイヴなのよ!? 同じ竜神化状態といっても格が違いすぎる!」
「そんなことわかってるって。だから、足止めだって言ってるだろ? 俺が足止めしてるうちにグレイヴの本体を倒せればアレクの人格が戻ってハッピーエンドだ。ティオやメイル、シルバ、ユキトたちがグレイヴ本体を倒してくれるって信じてるからこその提案なんだ」
「でも! ソーマが死んじゃったら意味ないじゃない! 誰がリーサの言葉を、兄さんに伝えるっていうのよ」
「新しい剣の所有者が現れるよ。それに、死ぬつもりはないって。ここに来る前から方針は同じ。死にそうになったら逃げる」
やっと手を放してくれた。これは俺の提案をのんでくれたってことでいいのかな。
「逃げ切れる自信は?」
「大ありだ。知ってるだろ? 俺の逃げ足の速さ」
「いや、ソーマの性格的に逃げ足早そうだけど初耳……」
「実際早いの! もう時間がない。納得してくれ、お願いだ」
今度は俺が必死な顔をする番だ。
勝率を上げる。それもあるが、ティオの生存率を高めるためでもある。
それに、もうグレイヴと戦わせたくない。アレクの姿をした、あいつとは。
「……はぁ、納得しない、って言っても無駄なんでしょ? ソーマ、意外に頑固だもんね。……わかったわ。私だって最善の手を打ちたい」
よし。ティオに最善の手と思わせることができた。いや実際にそうかもしれないけど、もっと勝率の高い方法を模索することもできるはず。それをしないのは、この提案が俺にとっての最善の手だからだ。いうなれば、俺のエゴ。だからこそ、後悔しない。
ごめんな、ティオ。俺、ウソついた。
死にそうになっても、逃げない。一分一秒でも、グレイヴを仕留めるためだったら時間を稼ぐ。稼いでやる。
あーあ、なんでこんな自ら死ぬようなマネするかね、俺。
やっぱり、ティオへの想いに気付いちゃったからかな。
遅いよ、俺。気付くのが遅すぎる。
今すぐ、もう一度伝えたい。好きだって。
でも、しない。ティオに悟られてしまうから。
伝えてしまったら、悔いがなくなってしまいそうだから。
『……主よ、正気か』
「ああ、いたって正常だ」
シルバに俺の意図を伝えるために、あえて【竜の爪痕】を使って心の中の言葉を伝えていたのだ。
『……そうか。主の覚悟、しかと受け取った。必ずや主が稼いだ時間を使ってあやつを葬る。だから主も、生き延びるのだ。我だってもっと主との時間を過ごしたいのだぞ』
最後は拗ねたようにそう言う俺の契約竜さん。
かわいいとこあるじゃないか。俺ももっともっとお前と過ごしたいよ。
だから、頼むぞ。信頼してるぜ、相棒。
「――銀浄の炎」
俺から放たれた銀色の炎が、メイルを拘束していた竜魔法を燃やし尽くす。
過去の俺はこの魔法をただの暖炉替わりにしか使っていなかったが、これが本来の使い方だ、この姿になった今だからこそわかる。
メイルの拘束を解いたところで、グレイヴが勝利の雄叫びをあげようとしていた。
「動きが鈍くなってきているぞ、ガキ竜。これで、終わ」
「そうは、させるか!」
翼、魔力をフル活用し、今出せる限界の速さでグレイヴとシルバの間に身体を滑りこませる。
爪と爪がかみ合い、剣と爪がぶつかった。
「く、貴様ら……まとめて葬ってくれる!」
「はやく、いけえぇぇぇえええ!」
すでにメイルの背に搭乗し、城の大窓に足をかけていてなお、こちらに心配そうな目線を向けているティオに向かって叫ぶ。
「! ソーマ、生きて再会しましょう。約束よ。絶対守りなさいよね!」
「ああ!」
その約束、守れたら、いいな。
『主よ、ご武運を』
「お前もな!」
窓から飛び立つ2頭と1人を見送り、目の前の脅威と向き合う。
自覚はあるさ。死亡フラグ立てまくってるって。
でも、その死亡フラグを回避する方法は知ってる。自分が、主人公になればいい。
だから、今だけは、俺こそが主人公なんだって、思い込んでやる。
ほら、よくあるじゃん、人生の主人公は自分だとかそんなやつ。
実際はそんなことない、と思う。どんな集団、グループでも主人公になれるやつは限られてる。どんな物語だって主人公ばかりだったら破綻してしまう。
もしこの世界の主人公がグレイヴだとしたら、この場で交代だ。
「さあグレイヴ、お前の相手はこの俺ただ1人だけだ。思いっきり戦おう」