2頭の神竜
ドクン。
身体を巡っていた魔力の大部分が魔宝剣ドラグサモンに吸い込まれていく。
「ぐあ! なんだ、この光は!?」
剣から放たれる白銀の輝きに目をやられたのか、俺を捕らえていた手を放し、うずくまる。視力が強化されているため尚つらいことだろう。かくいう俺も目を焼かれないようギュッとまぶたを閉じた。
まぶたを閉じる一瞬前に、自分の足元に今までみた中でも最大級の魔法陣が現れつつあるのが見えた。どんな魔法かは知らないが、名前から察すると……。
輝きが消え、まぶたを開いたとき真っ先に目に入ってきたのが、俺とグレイヴの間にたたずむ巨大な体躯の、竜。
『……こうやって主と顔を合わせるのははじめてだな』
召喚魔法。それも、並のものではない。旅をしてきて、小さなものを短距離移動させるくらいの魔法は見たことがあったが、惑星のほぼ反対側から、こんなに大きな生物を移動させられるほど強力なものは見たことも聞いたことがない。固有魔法というからには当然か。
「……ああ、そうだな、シルバ」
今までも巨大な竜はいた。ギルの竜なんてマテリア軍の一般兵の2倍はあった。
だが、シルバの体躯はその比ではない。
メイルは2人、音波の契約竜のシンにいたっては1人しか乗せられないのに対しシルバはゆうに10人は乗せられそうだ。
俺の身長は170ちょうどくらいだが、高さだけでいえば俺の4倍以上はあるだろう。
大きさだけじゃない。何より目を引くのはその銀色の鱗だ。
全身を覆うそれは鉄のように、いや、鉄よりもさらに彩度の高い白銀色に輝いており、思わず息をのんだ。
たたずまいも優美、それでいてスキがない。表情からは貴族のような気品の良さが感じられる。
この竜が生物だなんて信じられない。世界一の銀細工師が純度100%の銀から作り出した最高傑作、と言われたら信じてしまうだろう。
こちらの世界に来たときはじめて竜、メイルを見たときも感動したが、この光景はそれ以上かもしれない。気高く、神秘的で、力強く、そして、美しい。
これが、竜か。
『なんだその表情は? 我にソッチの趣味はないんだが?』
なんというかもう台無しだった。てかそんな知識どこで得たんだよ。まさかこっちの世界にもBでLな文化が……いや今はその話はよそう。
「いや違うから! 単にお前がその、えーと、そう、思ったよりデカくて驚いてただけだから!」
『はっはっは、冗談冗談。いや、初対面の緊張をほぐそうと』
このおちゃめさんめ。いや、今まで何度か話したことあったからなんとなく天然でお調子ものなところがあることは察してたけども。
「ほぐれたよ。十分に。……勝手に喚びだしてごめん。早速なんだけど、俺に力を貸してくれないか?」
『何を言っている。元よりそうするつもりだ。それに喚びだしてくれたことには感謝している。はやく主の元へ駆けつけたかったからな。……懐かしいものだ。主とはじめて出会ったのは我も主も小さな子どもだった』
「え? 俺とシルバって小さい頃会ったことがあるのか?」
『お互い本当に小さかったからな。覚えていなくても仕方がない。でも我は忘れなかった。一生に一度の契約の儀を。主に命を救われたあのときを』
なんだろう。何かが引っかかる。記憶の奥底にある思い出が扉をコンコン叩いているような。
『とまあ積もる話もあるが、それはこいつを倒してからゆっくりするとしよう』
「……誰を、倒すって?」
シルバがグレイヴの方に向き直る。すでにあいつは視力を回復していて、こちらを憎しみのこもった瞳で睨んでいた。
『お前だ、邪竜グレイヴよ。我が先祖にこてんぱんにやられて封印されたというのに再びのこのこと現れて恥ずかしくはないのか?』
うっわー挑発するねえシルバさんよ。
「っ! ふざけるな、青二才が。伝説の竜の末裔とはいえ貴様はまだ幼竜を脱したばかりのガキではないか。よくもそんな生意気な口がきけるな。我が躾てやろう」
そして煽り耐性が低いグレイヴさん。
『躾ならあとで我が主からうけるから必要ない。ガキかどうかは身をもって知ることになるだろう』
「大口をたたいた代償は大きいぞ、ガキ」
シルバとグレイヴは四肢に力を込め、静かに構える。
『主よ。今のままではこいつには対抗できない。もう一段階いくぞ。その不思議な剣のおかげで魔力効率が格段に上がっているし、なによりこんなに近い距離にいる。戦闘終了後は我が意地でも元の姿に戻してやろう』
少し考えて何のことか理解した。要は、グレイヴのようにさらに竜人化を進める、ということだ。
遠い距離にいたらできなかったこと。それに、ティオからここまで細胞の竜化を進めることができるなんて聞いたことがなかったから、きっと特別な竜にしかできないこと。
「わかった。俺もこんなところで死にたくない。頼むぞ」
『任せてくれ、我が主よ』
すぐに頭の中に詠唱文が流れこんでくる。同時に大量の魔力も。
さきほどはシルバを召喚するのに体中の魔力を消費したが、こんどは容量ギリギリ、オーバーしてるくらいの魔力が流れ込んできて身体が悲鳴を上げている。毛細血管とかちぎれてるんじゃないかこれ。尋常じゃなく痛い。
『さあ、詠唱を。その間あいつは我が食い止める』
立っているのが、意識を保つのが精一杯の状態だからか声をだすのにも骨が折れる。
「そうみすみすと竜神化させると思うか?」
グレイヴの姿がかき消える。それに合わせてシルバも体勢を変え、次の瞬間には大剣と爪ががっちりとかみ合っていた。シルバのやつ、あいつの動きが見えるのか!?
「やるじゃないか、銀竜のガキ」
『まぐれだよ』
本当にまぐれなのだろうか。いや、そんなことを気にしている場合ではない。
「ーー我、顕現、す。竜契約に、則り、魔導の、起源たる力、即ち、神の力、を、我が身に宿せえぇぇぇぇええええ!」
喉が張り裂けそうになるほど叫ぶ。急激に身体の組織が変異していき、ヒトの身体を離れた何かになるのがわかる。
「竜神化あぁぁぁあああ!」
肩甲骨のあたりに奇妙な違和感が走る。しかしそれは一瞬のうちに過ぎ去り、それは元々そこにあったかのように定着した。
見えている世界もガラリと変わる。細部、砂粒1つでさえ鮮明に判別することができ、その砂粒が地面に落ちる音さえ聞こえた。
そして、通常の竜人化以上の全能感。微弱な魔力の流れでさえ手にとるようにわかり、感覚が限界まで拡張されているせいか時間の流れもゆるやかに感じる。
体中を多量の魔力が巡る。体組織の約半分が竜と同じものになったため、自己生成する魔力量はすさまじく、また、シルバから魔力を受容しやすくなったおかげでかつてないほど体内に魔力が供給されている。
グレイヴが詠唱せず竜魔法を使用できた理由がわかった。今なら自分が使える魔法の形、規模、出力方法、そのすべてを理解できる。
なんて、素晴らしいんだ。ずっとこのままでいたい。今なら何でもできるような気がする。
『無事成れたようだな、主よ。だがその力に溺れてはいけない。為すことだけを考えて力をふるうのだ』
それを聞き、グレイヴがフンと鼻を鳴らして言う。
「くだらないな。せっかくその姿に成れたのだ。思う存分味わうがいい。まあ我ほどは使いこなせないだろうがな」
危なかった。もうすでに溺れかけていた。為すべきこと。為さなければならないこと。
自らに生えた翼を1回だけはばたかせる。
すると魔力が翼から放出され、推力を生む。翼の根元にも魔力が集中し、姿勢制御に働く。有り体に言えば、浮いたのだ。
「わかったよシルバ。忠告ありがとう。感謝ついでにそいつをもう少し抑えててくれないか? ちょっとだけやるべきことがあるから」
『承った。しかし長くはもたないぞ。故に早めに終わらせてくれるとありがたい』
「すぐ終わらせるよ」