リーサの言葉
「リーサがその剣の中にいる? バカバカしい。冗談も大概にしてほしいものだ」
「だから前ふりしただろう。じゃあいくぞ……」
頭の中に切々と響くリーサの言葉をそのまま声にだす。
「アレク、久しぶりね。数年見ない間にまた大きくなっちゃって。前髪も伸ばしたの? 昔は目に入るのがイヤだなんて言って短くしてたのに。1回自分でほぼ丸坊主にしちゃって執事さんに怒られたって話、まだ覚えているわ。そのときは私も大笑いして……あんまり私が笑うものだから次の日からあなた似合わない帽子なんか被ってきたものだからさらに笑っちゃってねぇ。自分で言うのもあれだけど、僕は似合ってると思うけどね! なんて言いながら顔を真っ赤にして」
「な、なぜそんなことを知っている……?」
最初は怪訝な顔をしていたアレクも、話が進むにつれだんだん表情が変わってきた。
2人の間でしか知りえない内容だったからだろう。これはいけるかもしれない。
「うっすらとクマもできてるじゃない。夜更かしなんて一切しなかったのに。いっつも、王族たるもの自己管理ができなくてどうするって言って、決まった時間に帰っていったわね。何度私が夜更かしして一緒に遊ぼうって言っても首を縦に振らなかった。これも王になって君と結ばれるためなんだ、許してくれ、なんて言われたら私もそれ以上言えなかったなぁ。この人は私とのことを真剣に考えてくれてるんだって、すっごく嬉しくなった」
「まさか、本当にリーサ、君なのか?」
アレクは明らかに動揺している。そして、ここに本物のリーサがいるって信じはじめている。あと一息だ。
「そうよ。まぎれもなく、私。今日はなんで魂だけになっても会いにきたっていうとね……アレク、あなたを叱るためよ」
「え?」
「え、じゃないこのおバカ! あなた、自分は絶対父上のような王にならないって言ってたじゃない! もっと国民の目線で国政のできる優しい王になるって、言ってたじゃない。それなのにこれは何かしら? 色んな人を利用して、罪のない人をたくさんたくさん殺して……なにより、いつまでも死んだ人間である私にとらわれて! 私が復讐なんて望んでると思う? そんなの、これっぽっちも望んでないわよ! 私はね、アレク。あなたに前に進んでほしい。そう思ってるのよ。あなただってわかってるんでしょ? 復讐なんて何も生まない。私が生き返るわけでもない。ただ虚しさだけが残るだけだって」
「リーサ……リーサ!」
「安心しなさい。私は死んで魂だけになっても、仮にこのあと天国なり地獄なりに行っても、あなたを愛し続ける。見守り続けてあげるわよ。あなたいつもご立派なことをのたまってるけど実はメンタル弱いんだから。危なっかしいったらありゃしない。本当にダメな人ね。……でも」
リーサの話がラストに向かっていることがわかる。感情が高ぶり、剣が熱を発しているかのような錯覚にとらわれる。
いけない、俺まで涙ぐんでしまいそうだ。
リーサの言葉は、確実にアレクに届いている。隣のティオもいつの間にか泣き止んでおり、俺の、いやリーサの言葉に目を見張り、食い入るように聞いていた。
「こんな私を、私が死んでもう数年経つっていうのに、一途に想い続けてくれて、ありがとう。あなたに私がどれだけ嬉しいかなんてわからないわよね。ま、当たり前だけど。アレクが私を想う気持ちより、私があなたを想う気持ちの方が何倍、何十倍も大きいんだから!」
「そんなことない! 僕の方がずっと!」
「いーや違うわね。そこは譲れない。……ね、だから、こんなこともうやめて。罪を償って、いや、もっと遠くの国に逃亡したっていいわ。それで、仕切り直しましょう。昔のように高い志を持って、イチからやり直しましょうよ。大丈夫、きっとあなたならできるわ。なんてったてこの私が見込んだ男なんだから!」
「リーサ……僕は、僕は! ずっと、君にそう言って欲しかったのかもしれな……」
! アレクの様子が、おかしい。ついさっきまで涙を流し、慈愛に満ちた、安心しきった表情だったのに、今は苦悶に満ちた顔をしている。
『ねぇソーマ、アレクはどうしちゃったの!? いきなり様子が!』
「わかってる! おいアレク、どうしたんだ!? どこか痛むのか!?」
苦しそうな表情は変わらず、頭を抑えてうずくまっている。
異常事態だと判断した俺とティオは、我先にと最奥の王座に向かって走り出した。
が、その瞬間。
唐突に無言になったアレクが、何事もなかったようにスッと立ち上がった。
「兄さん、よかった。頭が痛むの? 私が回復魔法を」
「いや、まてティオ。雰囲気がさっきまでとまるで違う」
取り乱しているティオは気付かなかったかもしれないが、よく見ると何かが明らかに違う。直感がそう告げている。
手でティオを制し、そのままじりじりと距離をとって、入り口付近にまで戻る。
棒立ちのままのアレクが、ついに口を開いた。
その声を聞いた瞬間、全身の皮膚が粟立ち、背筋が凍りつく。
はじめてアレクの声を聞いたときもその空虚さ、冷たさに驚いたが、これはそんなのものとは根本的に異なる。
口調こそ同じだが、聞くものすべてに恐怖を植え付ける、そんなおどろおどろしい、声。
それだけじゃない。何か威厳のような、そう、神の啓示を聞いているかのような畏怖も。
「あまり我が主の心を乱さないでくれるかな。今は大事なときなんだ。あ~あ、この場は主に任せようと思ったのに、結局我がでてこなくちゃならなくなった。貴様らのせいだぞ、全く」