回顧
「行っちまったな」
「ええ。……海、か。私も音波やソーマと一緒に海に遊びにいきたいな」
「ティオも一緒に行こうぜ」
「ふふふ、私が行ったらビーチの男どもの視線は釘付けね! きっとソーマも私の水着姿を見て鼻血をふきだしながら倒れるに違いないわ。音波に格の違いを見せつけてあげるんだから」
確かにこんなとんでもない美少女がいたら海水浴どころじゃないかもな。あと音波は音波で一部の層に絶大な需要があると思うぞ。
「はいはいそうですねー。ティオ様の美貌の前ではどんな男でもひれ伏すしかありませんよねー」
「棒読みなのが気になるわね……」
思いっきり棒読みな俺にぶすっとした顔を向けるティオ。くっそ、そんな顔もサマになるとこが憎いです。
「まああれだ、そのときは俺が向こうの世界を案内するよ。ティオが俺にしてくれたように」
そう言うとティオはしみじみとこう返した。
「私はソーマにこの世界のきれいなところなんてほとんど見せてあげられなかったけど、ね」
そんなことはない。どこまでも広がる草原、躍動する竜たち、なにより何度も傷つきながら前に進むティオの存在そのものが……なんて恥ずかしくて口が裂けても言えない。
「でも……落ち着いたら、それも楽しいかも。音波が転移魔法を教えてくれればだけど」
「夜霧の秘伝らしいけど、きっと音波なら教えてくれるよ。当然のごとく対価を要求してきそうだけどな」
してきそうというより確実にしてくるだろうな。あいつイタズラ好きだし、コスプレとかさせられそう。なにそれ俺得すぎる音波さんぜひお願いします。
「払えるものなら払うわ。だってそっちの世界、とっても楽しそうなんですもの。こっちの世界も悪くはないけど」
どこか陰のある雰囲気でそうこぼす。
もしかしたら、こっちの世界のこと、あまり好きじゃないのかもしれない。考えてみれば当然か。父親とはうまくいかず、妹は無惨に殺され、尊敬していた兄は邪竜と契約して悪行の限りを尽くし……。
その結果、この世界よりも俺や音波の世界、異世界に行ってしまった方がマシだ、なんて思っているのなら……とても、悲しい。
だって、異世界に逃げたいと思ってしまうような状況にまで追い込まれているということだから。
逃げることが悪いことだとは言わない。けど、それでもっとひどい状況になったら、後悔してもしきれなくなる。なら、最後まで踏ん張って、それでもダメだったときの方がよっぽどいい。
だから、お兄さんの問題を解決して、少しでも自分の世界が好きになれたとき、改めて向こうの世界に遊びに行こうって誘おう。ティオやユキト、みんなが救われた、その後で。
「おう。向こうの世界には楽しいものがたくさんあるぞー。それに、こっちの世界よりはいくらか救いがあるとは思う。けどな、こっちだって、ティオが言ったように悪くない。良いところだっていっぱいある。異世界から来た俺が言うんだから間違いない」
「そう、ね。そうかもしれない。ここ数年は辛いことが多かったけれど、それでも幸せだった昔や過ぎ去っていった日々を思い出すと……確かに、悪くなかった。悪くはなかった、わ」
さっきと同じ言葉だったが、こもっている感情が全然違った。
ティオを覆っていた陰はいくらか晴れたように見えたが、まだ足りない。完全に晴らす方法は、わかりきっている。
さて、ティオに、こっちの世界にも良いところはいっぱいある、なんて言ったけど、本当にそうだろうか。そんな簡単に断じていいものなのだろうか。
静かに、思い出す。
竜の背に乗ったこと。大草原に大の字で寝そべったこと。竜魔法を使ったこと。村人たちの温かさに触れたこと。年の離れた友達ができたこと。その友達を永遠に失ったこと。自らの手で人を殺したこと。身分違いの恋の結末を目の当たりにしたこと。泣いていたティオを抱きしめたこと。俺が泣いていたとき抱きしめられたこと。
楽しいことの裏側には必ず悲しいことがある。なればこそ、悪くなかったと言えるのだ。
「なあーにそんな遠くを見るような目してんのよ。あんたこそしっかりしなさい。今からが本番なんだから」
辛気くさい顔をしていたからだろうか、今度は俺がティオに活を入れられた。
そうだ、今は感傷に浸っている場合ではない。それは終わってからいくらでもできるじゃないか。
「だな! よっし、いっちょティオのバカ兄貴の目を覚ましに行くとしますか!」