音波との約束
「そんな……こっちにだってギルやカイルに匹敵するほどの竜契約者がいるのに……それにユキトだって」
「それだけ邪竜が強力だということ。伝承の通り、グレン帝国の竜契約者たちの意識を乗っ取って傀儡にし、自らの魔力も供給することで強化もしてる。邪竜自身もその巨体、膨大な魔力を使った竜魔法で戦ってる。もし完全復活してたら1日もたたずしてマテリア王国は滅ぼされていたはず」
「どれだけ規格外なんだ邪竜は……急ごう。音波、その仲間とやらに連絡をとってくれないか?」
「わかった」
そう言うと音波は長い栗色のポニーテールを揺らしながら契約竜であるシンのもとへ向かった。
「ティオ、身体の方は大丈夫か?」
儀式の準備で長い間意識を奪われていたのだ。どこかに支障がでていてもおかしくない。現に俺と音波が話していたときも目を閉じてじっと聞いていただけだった。
「ええ、もうだいぶ楽になったわ。メイルの魔法のおかげもあってね」
あの魔法の回復力はすさまじかった。さすが魔力源である竜といったところだが、俺がメイルを信頼していること、極度に疲労していたせいもあるかもしれない。
「その魔法のおかげかしらね……ソーマがもう動けるようになっているのは。でも、竜人化が解けた後すぐに回復魔法をほどこすと再生時間を短縮できるなんて話、聞いたことないし……なにはともあれ、ラッキーだったわ。普段ならあと7~8時間はかかるはずだもの」
言われてはじめてそのことに気づいた。確か竜人化を解いたのが昨日の夕方。ふつうなら今日の夕方まで動けないはずなんだけど。
「今の状況なら好都合だな。きっとまた俺の契約竜、シルバが特別だとかそんな理由だろ。どう特別なのかはさっぱりだけど。早く会ってみたいもんだよ。そうすればフルパワーで戦えるのに」
「……もしかして、その、シルバとの距離ってまだまだ離れてる?」
「うん、確かそんなようなこと言ってた」
「魔力供給量がかなり制限されているのにも関わらず、カイルやギルを倒すなんて……一体、本来どのくらいの魔力が供給されるというの……」
たまーにこうなるんだよな。シルバの話題になると決まってそう言う。
「だからアレクに会いに行く前に合流したかったんだけどな。どうやらアレクも相当にシルバを警戒しているらしくて、妨害が強くなる一方だそうだ。だから、シルバの助力は見込めないものと考えて普段通りの俺たちで臨もう。きっと大丈夫さ。俺とティオなら。それに、メイルだっているし」
全然、大丈夫なんかじゃない。だって、グレン王国を1日で掌握したようなやつなんだぞ? 説得に失敗して、死力を尽くして戦ったとしても、勝てる確率なんてほぼ0に等しいだろう。せいぜい運良くユキトと同じように重傷を負いながら逃げるくらいが関の山だ。
でも、そんなだからこそ、前向きな言葉を吐かなければならない。後ろ向きな言葉はさらにマイナスに傾くだけだが、前向きな言葉は大きなマイナスを小さなマイナスにしてくれるかもしれない。
大丈夫、とか、頑張れ、って言葉は時に負担になるだとか言う人もいるけど、あるんだよ。弱気になったとき、勇気がでないときに、フッと誰かに言われたその言葉が浮かんで背中を押してくれるような、そんな瞬間が。
ティオも大丈夫じゃないことくらいわかってるはずだ。絶望的に細い綱を渡るような賭けをするのだから。でも、ティオも同じ考えなのか、俺以上に元気で、前向きで、こちらまで明るくなるような声音と笑顔で応えてくれた。
「ええ、その通りだわ! なんてったって、元王女で超絶美人でマテリア王国の中でも5本の指にはいるくらい強いこの私と、青竜種の中で最も力のある蒼竜のメイルがいるんだから!」
相変わらずの自信過剰さ。だけどティオらしくて笑い出しそうになる。弱気になったティオを何度も見てきただけに、その笑顔が眩しくて、心強くて。
おいおい俺は!? なんておちゃらけながら言おうとしたら、ティオの言葉の続きに遮られてしまった。
「それに……私には、ソーマがいる。くじけそうになったときも、さらわれたときも助けに来てくれた頼もしい相棒が、ね」
「ほ、ほめても何もでないぞ?」
「いいのよ、でなくて。もう十分もらってるし。こう見えて、感謝してるのよ。あの場所でソーマに出会えたことを神様に感謝するくらいには」
「それはこっちもだ。新しい世界を俺に見せてくれた。今まで退屈な人生を送ってきた俺に、目的をくれた。もちろん辛いことも悲しいこともたくさんあったけど、こっちの世界に来たことを後悔はしていない」
「そ、そう……」
これから向かう場所が死地になるかもしれないからだろうか。お互いにこんな遺言じみたことを言うのは。でも、不思議と暗い感じにはならない。逆に、あたたかい思いが胸を満たしていく。
ティオと言葉を交わすだけで、自然と頭がスッキリして身体が軽くなる。なんで、なんだろうな。
向かい合っているのに視線を泳がせてもじもじしていた俺たちの間を。
ヒュン。
短刀が通り過ぎた。
「……私がいない間に、2人はラブコメフィールド展開ですかそうですか。仲間と連絡をとって2人のために必死に情報を集めていた私を差し置いて……許さない……この埋め合わせは絶対、ソーマのカラダをもって支払ってもらう……」
「まずそのフィールドとか意味わからないし身体で支払うってどういうことなの!?」
「大丈夫、決していかがわしいことではない。ただ、ソーマには1日だけ私の言うことをきいてもらう。命令は、絶対遵守」
最後の一言で背筋に寒気が走った。まあ音波はなんだかんだいっていつもマッサージさせるとか買い物に付き合うとかソフトなのばっかりだから、あんまり心配はしていないけど。
「ちょっと待ちなさい、また私の許可も取らずにそんな約束を!」
「だから言ったはず、ティオの許可は必要ないと……ってこれじゃいつものパターンで時間とられるから、報告に移る」
一息ついて、その無表情をさらに引き締めながら、音波はアレクの現状を教えてくれる。
「グレン皇帝は現在、城の中に待機している模様。奇妙なことに城内には人っ子一人存在していなかった。ただ、王の間にだけ強大な探知魔法が施されていて中の様子を知ることができなかった。おそらく皇帝はそこにいる」
「ふむふむ。つまり、城への侵入は楽だけど、王の間だけは未知数ってことか」
「兄さんならきっと1人だと思う。ただのカンだけど」
ティオが確信に満ちた表情でそう言う。
「どちらにせよ正面突破しかなさそうだな」
「そうね、王の間ブチやぶって、中に衛兵がいたらぶっとばして会いに行くだけね」
さすがティオさん豪快ッス。憧れるッス。
「これで報告は終了。あとは、成すのみ。……2人とも、無事生き残るように。私と約束。達成したらそれぞれにごほうび有」
「イヤな予感しかしない」
「ある程度予想できるのが音波のすごいところよね」
俺は怪訝な、ティオは何もかもお見通しよ的な顔で音波を見る。
「ちっちっち、今回の私はひと味違う。まずティオ。ティオには夜霧秘伝の隠密魔法の手ほどきをしてあげる。もちろん蒼竜用の」
「え、それ本当!? 私、そっち系の竜魔法はほとんど習得してなくて悩んでたのよ……その約束、ぜったいぜったい守ってもらうわよ!」
うわあ、子どもみたいに目を輝かせちゃってるよ。しかしティオさん訓練でそんなに喜ぶとかどこかの戦闘民族なんでしょうか。手からビームとか発射しちゃうのでしょうか。ティオならそれくらいやりかねないからこわい。
「もちろん。ただ、手加減なんて一切しないからあしからず」
「のぞむところよ。はぁ楽しみだわ~」
音波は、ホクホクしているティオから俺の方に視線を移した。
「そしてソーマ。ソーマには私と結婚する権……」
「うん、できればそれ以外のでお願いしたいな」
言い終わる前に予想通りすぎて即答してしまった。通常運行でむしろ安心感すらわいてきます。
「あんたって本っ当ブレないわよね。尊敬の念すら抱いちゃいそう」
「さ、さすがに冗談。それにしても2人とも私のことどう思ってるの」
「妹」
「ソーマのストーカー」
ビキビキ。わーお、珍しく音波の額に青筋が浮かび上がってますよ。
「……2人がどう思ってるかよーくわかった。全部片づけたら拳と魔法で語り合うとして……ソーマへのごほうびは、向こうの世界に戻っても、引き続き私と日常を送れる権利」
決まったぜ、と言いたげなドヤ顔でこちらを見てくる我が妹分。
「あと音波が俺の自炊トレーニング受けるのも追加な」
「せっかく良いこと言ったのになんて無粋なことを……わかった。ちゃんと受ける。だからソーマ、あとティオも約束は死んでも守るように」
死んだら約束守れないぞ、なんてそれこそ無粋なセリフのかわりに、
「もちろんだ」
なんて何の面白味もない言葉を、音波の左頬にぽすっと自分の右拳を当てながら言う。
「約束なんてしなくてもちゃんと生き残るわよ」
ティオも返答しながら己の左拳を音波の右頬に当てる。
両頬をむにむにされている音波は無表情で俺たちの手をおろさせ、「なら、いい。2人とも約束を守るタイプだから」と呟いてから、なぜか俺を視界から外しティオの方をじーっと見つめはじめた。
「なに、私の顔になにかついてる?」
「いや、そうじゃなくて……あなたに謝りたいことがあるの」