ぬくもりの中で
しばらく、剣を支えにしてその場に立ち尽くす。
この感覚に、人を殺すということの痛みに必死に耐える。
前にユキトに言われた。考え続けることが大事なのだと。正しいとか正しくないとか関係なく。
急がないといけないのにまだ身体を動かせない。手に、あいつを突き刺した感覚が生々しく残っていて。
10分くらいたって、メイルが俺のすぐ横に降り立ったとき、ようやく剣を納めることができた。
やっと、ティオを解放してあげられる。
1週間という期限があるとわかっていても、何かの理由で殺されてしまうのではないか、と不安をぬぐいきれなかったが、もう大丈夫だ。
グレン帝国側にギルを殺したことを察知される前に、早く。
でもその前に、竜人化が解ける前にやることがある。
「ーー再生の銀光」
早くご主人様を助けたくて仕方ないけど、ここはお前に譲ってやるよ、と言わんばかりに背中をグイグイ押してくるメイルに、回復魔法を施す。
あいつの契約竜との戦闘で、メイルは今までに見たことないくらい無数の傷を負っていた。
実質、ギルを倒したのはメイルだ。俺も命を救われた。
お疲れさまの意味もこめて、今使える魔力をありったけ使って傷を治す。
竜人化で強化された再生の銀光はメイルの巨体を覆い、みるみる元の状態へ回復させていった。不自然に曲がっていた翼も元通りだ。
これでよし。この後アレクと戦う可能性もあるから、これでいくばくか安心することができた。疲労までは取り除いてあげられないけど、せめてケガだけは。
まずい、もうすぐ竜人化が解ける。そうなったら24時間は動けなくなってしまうのだ。
急いで最奥の祭壇に向かう。
血の気を失ったティオは、漆黒のツタにその身を拘束されていた。
それはまるで絵画のようで、一瞬目を奪われたが、すぐに頭を振りツタを1本1本切断していく。剣を振るうごとに体中を巡っていた魔力が抜けていくのを感じる。限界が近い。
ツタを減らすごとに、徐々にティオの身体に色が戻っていく。
最後の1本を切断した瞬間、黄金の尾をひいてティオが倒れ込んできた。
そっと、ガラス細工を扱うように受け止める。
「……ソー、マ?」
か細い声がすぐ近くから聞こえてきた。意識を取り戻したのだ。
安心したせいで緊張の糸が切れ、同時に竜人化も解けた。
最後の力を振り絞って、ティオと地面の間に自らを滑り込ませてから地面に落ちる。
「大丈夫か、ティオ」
まだ力が入らないらしくぴくりとも動かない相棒さんに、そう声をかける。
「ソーマこそ大丈夫なの? 痛いでしょう」
「こんなのさっきの戦闘に比べればどうってことないよ」
ティオはチラリと横を見て、ギルの遺体を確認すると、泣きそうな声でこう言った。
「助けてくれて、ありがとう。来てくれるって、信じてた。そして、ごめんなさい。あなたに十字架を1つ、背負わせてしまった。私が背負うはずだったものを」
「来るに決まってるだろうが。俺はお前の相棒で、命の恩人なんだぞ。だから、背負うとかなんとか気にする必要はない。それにティオはお兄さんや妹さんのこととか、もう十分に背負ってるじゃないか。俺にも少しくらい、背負わせてくれよ」
そう言ってる最中に、胸に温もりが広がっていく。
ティオの柔らかな涙が、熱をもって俺を包む。
「でも、でも……」
「もういいんだ。今はそんなこと考えてる場合じゃない。少し、休もう。心も体も疲れきってるだろうし。その2つを同時に癒せるのは睡眠しかない」
「確かに、今立ち止まるわけにはいかないものね。ずっと意識を失っていたはずなのに、妙に身体がしんど、く、て」
言いながら、ティオは眠りについてしまった。
強制的に意識を閉じこめられていたせいで脳や身体にも負荷がかかっていたのだろう。
俺も極度の疲労で死神級の睡魔が襲ってきている。
万全の状態でアレクと相対すべく、俺も諸手をあげて睡魔を受け入れた。
意識が消える直前に、メイルが俺とティオの近くに寝そべり、その大きな身体で包み込んでくれた。
その瞬間に魔法陣も現れ、青緑の光が俺の中を満たしていく。それは、先程のティオの涙のようにあたたくて、春の陽気の中にいるかのような感覚に陥る。
全身をくまなく脱力させて、俺は、心地よい微睡みに身をまかせた。