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竜魔法のち剣術

 竜人化。それは契約者の細胞の1部を竜と同じ細胞に変化させる魔法。


 竜人化を発動させられる者は竜契約者たちの中でも1割に達するか達しないかぐらいのごく少数で、その効果はすさまじい。

 竜と同じ細胞のため送られてきた魔力を効率的に使うことができ、そのため普段よりも強力な魔法を発動させることができる。

 また、多少ではあるが、人間には作り出すことのできない魔力を生成できるようにもなる。


 代償に、細胞を人間のものに戻すために竜人化を解いた後、丸1日動けなくなる。だから竜人化の効果が続いてる間に決着をつけなければならず、動けない間は自身の契約竜や仲間に守ってもらう必要がある。


 この状況はどうだろう。

 ひと気のない薄暗く深い谷底。

 2頭の竜に、2人の竜契約者。


 すでにお互いに竜人化を使ってしまった。もう、戻れない。撤退すら許されない。どちらか1頭、どちらか1人が倒れた瞬間、勝敗が決まる。


 メイルは自身の契約者であるティオを救うため死にものぐるいで戦っている。俺もまた、自分の命を守るため、相棒であるティオを助けるため、死にものぐるいで戦う。


 微塵の油断も命とりになる。竜人化が完了した瞬間に、先制攻撃を仕掛けよう。

 剣を向け合わせながら、竜人化してゆく様を静かに眺める。

 ギルの黒々とした短髪も、宵闇のような瞳も、血のような紅色に染まっていく。

 きっと、俺も同じように色素の変化が起こっているのだろう。鏡なんてあるはずもないから自分の姿を見たことはない。


 でも、正常に竜人化が進んでいるのははっきりわかる。なぜなら、あのとろけるような快感がどんどん強まっていくからだ。この全能感を上手くコントロールしないと冷静な判断力を失ってしまうので注意しないといけない。


 8割ほど変化の進んだ俺を見て、ギルは俺の方を見て僅かに眉間にしわを寄せぼそぼそとつぶやいた。


「その色……灰竜グレイ・ドラゴンか? ……いや、それにしては輝きが違う……やはり、か」


 聞き取れなかったが、あいつの雰囲気がまた1段と引き締まったような気がする。

 今は些末なことを気にしているひまはない。残り数秒で戦闘が開始する。

 染色が進み、毛先まで達した瞬間、俺は後方に大きく跳躍しながら詠唱をはじめる。

 見るとギルも全く同じ動きをしていた。こちらの考えを読まれていたのか、それとも俺と同じ考えなのか。


「ーー銀光のプラータ・ウェイブ!」


 銀色の大波が、超高速でギルへと襲いかかる。

 俺の魔法の中で最も速く相手に到達する魔法。

 本来はただの衝撃波だが、竜人化した今、それは巨大な津波となり地を駆ける。

 ギルに当たるかと思ったが、やつはその前に防御魔法を発動させていた。


「ーー煉獄のペイン・ウォール


 目の前に赤黒い炎の壁が出現する。それはこの谷の横幅と縦幅すべてをおおっていた。

 まずい。こちらからではギルの姿を視認することができない。

 あの魔法が消えるまで、防御魔法で耐えることにしよう。


「ーー銀鏡のイージス・ミラー


 銀色に輝く巨大な盾が俺の前に出現する。

 この魔法なら身を守れ、かつ反撃することができる。

 俺が魔法を完成させた直後、炎の壁の向こうから詠唱が聞こえてきた。


「ーー裁きの火雨パニッシュ・レイン


 ! この魔法は見たことがある。パレード襲撃の時にも使っていた、広範囲系の魔法だ。てっきりいつも使っているアポロン・レイだと思ったのだが……そうだったらカウンターが上手くいってたはずなのに、この魔法じゃ数本の火矢を跳ね返すことしかできない。


 飛来する無数の火矢を盾で防ぎながら、次の手を考える。

 あの炎が消えたらすぐにやつは攻撃してくるだろう。広範囲で手数の多いこの魔法は、おそらく次に発動させる魔法のためのつなぎ。


 なら、俺はもう1度、銀鏡の盾を使って、その攻撃を跳ね返す。

 そのためにイメージ、詠唱の準備をしていると、想定していた時間より速く火矢も炎の壁も消えた。


 まさか。


 身の危険を感じ、とっさに手にしていた魔宝剣を地面に突き刺し、その柄を足場にして真上に大きく跳躍した。


「ーー太陽神の閃き(アポロン・レイ)」


 1秒後、俺がさっきまで立っていた場所を、超特大の熱線が走る。

 危なかった。強化された感覚器がなければよけられなかった。こんなに早く仕掛けてくるとは……途中で魔法をキャンセルさせる戦い方なんてはじめて見た。


 ホッとしたのもつかの間、すぐに自分のとった行動の愚かしさを知った。

 熱線が、途切れない。このままでは重力に引っ張られ落下し、消し炭にされてしまう。

 くそ! なぜ俺は右か左に避けなかった! よりにもよって身動きのとれない空中になんて!


 ティオのように空中を移動できる魔法を発現させるか? いや、こんな短時間に新しい魔法など不可能だ。どうする、どうすれば……!

 何もできずにただ落下し、熱の塊に飲み込まれそうになったそのとき、唐突に足下に強風の渦が現れる。


「グルォォォォオオオオ!」


 メイルだ! ギルの契約竜と死闘を繰り広げている最中に、助けてくれたんだ。

 これはティオも使っていた、空中に風の足場を出現させる魔法、飛翔跳躍エアロ・リープだ。メイルが使ったから効果時間は長いはず。ギルの魔法が終わるまで耐えられるはずだ。ならここは!


「ーー顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー銀竜剣シルベリオ・ソード!」


 カイルを破り、幾度となく俺を助けてくれた魔法。以前、竜人化したときは20本だったのに、今は30本もの銀色の剣が現れている。

 浮遊しているすべての剣の切っ先をギルに向けたとき、あいつも魔法を発動させていたのが見えた。


「ーー流転する炎環フロウ・プロミネンス


 ティオと戦っていたときにも使っていた、炎の輪。俺と同じく自らの周りにいくつも浮遊させている。おそらく、同系統の魔法だろう。


 動き始めたのは、同時。

 剣と輪が激しくぶつかり合う。

 弾き、弾かれ、次々に消えていく。


 最後に残ったのは、2本の剣。


 その剣の1本はギルの持っていた剣によって防がれ、もう1本は鎧に突き刺さったところで止まる。


「ふむ、皇帝から賜った特別製の鎧なのだが……壊れてしまったようだ」


 ゴトン、と身につけていた鎧を脱ぎ捨てながらそう言う。

 銀竜剣を使っても、傷1つつけられなかった。やはりギルは、手強い。あのカイルよりもずっと。実力もそうだが、なによりもあの冷静さが怖ろしい。


「このまま竜魔法戦を続けても埒が明かない。どうだ、少年。俺と強化魔法を用いた剣術勝負をしないか?」


 俺も、このまま魔法戦闘を続ければ決着がつかないまま竜人化が終わってしまうだろうと感じていた。

 しかし、わざわざ剣術を選んだということは、よっぽど自信があるに違いない。

 俺も剣術に関しては自信があるが、はたして実戦経験の豊富なあいつと渡り合えるだろうか。


「……わかった。その勝負、受ける」


 戦闘前と同じように魔宝剣を正眼に構えつつ応える。

 信じよう。ティオに教えてもらった剣術と、幼い頃から剣道と居合道を続けてきた自分自身を。


 剣術勝負とはいっても今は命のやりとりの最中だ。途中で魔法を使ってくるかもしれない。

 ありがたいことに竜魔法は詠唱をしないと発動することができない。だから魔法を使おうとすれば即座にわかるのだ。いつでも対応できるよう、頭のすみっこに魔法の意識も置いておこう。


 ギルも自分の剣を構え、静かに俺を見る。


「お互いに強化魔法が発動したときが開始の合図だ」

「ああ」 


 竜人化は常に強化魔法を使用している状態に近い。今でさえ人間離れした筋肉や感覚器に慣れきっていないというのに、さらに強化魔法を使うとなるとますます制御が難しくなるだろう。その点では今まで何度も竜人化してきたギルの方が有利だろう。


 だが、今の俺なら互角に戦えるはずだ。おそらくあいつよりも俺の方が魔力量は多い。さっきの魔法戦でそう感じた。

 あとは経験と、慣れ。

 完璧に制御できたときが本当の勝負だ。


「では、はじめるとしよう」


 俺はもうその声に答えず、ただうなずくのみ。

 チラッと上空をうかがうと、メイルと紅色の竜が信じられないスピードで魔法を打ち合ってるのが見えた。


 メイル、さっきは助けてくれてありがとう。

 この恩は、ギルを倒すことで返すから。


 竜たちの凄絶な戦いの下、先程の魔法戦でボロボロになった谷底で、静かに相対する。


 今まで戦闘前にこんな静寂が訪れたことはなかった。


 厳密に言えば頭上からすさまじい轟音が降ってきているのだが、意識の外で鈍く感じるだけで、俺の耳にはほとんど届いていない。


 強敵との戦いの前に緊張しているのか、それとも集中しているせいか。


 ギリギリまで引き絞られた2張の弓を想像する。


 相手から1本を取るべく向かい合った剣道の試合を思い出す。


 詠唱は自然に口から漏れでた。次いで、ギルも詠唱をはじめる。


「ーー白銀のノグレー・アルミュール

「炎神の加護フレイム・アーマー


 そして、竜人の剣舞がはじまった。 

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