竜人たちの唄
音波と別れた後、伏兵に注意しつつメイルとともにティオが捕らわれている場所に向かう。
夜霧からの情報提供によると警備は国境付近に集中しており、そこを抜けさえすればかなり安全に進めるそうだ。
先ほどと同じく、メイルが着地できそうな地点を見つけてからリフレクティア・スケイル&メイルの加速魔法の組み合わせをインターバルを置きつつ繰り返し、ほどなくして地面に切れ込みを入れたかのような深い谷に辿り着いた。
昼間だというのに日の光はほとんど届かず、まるで地下にいるかのような薄暗さ。外気に死の臭いが紛れ込んでいるかのような不気味な雰囲気。
横幅がメイル3頭分ほどある谷底を音を殺しながら進み、30分ほど経過した後、広い円形のスペースに着いた。
その巨大な円の中心に座すは、黒髪の男。
「やはり来たか、少年よ」
紅色の竜から降り、こちらを射抜くように見つめてくる。
逞しい体躯に、キリッと整った顔立ち。身にまとう静かな殺気。
この世界で会ったはじめての敵にして、グレン帝国のエース。
「ギル……」
ここにギル1人だけの理由がわかった。必要ないんだ。雑兵がいてもこいつにとっては足手まといなだけなのだろう。
「正確にはギルバート・グレンだ」
「グレン、だと?」
「そうだ。君の知っているユキト、あれは俺の親戚にあたる」
知らなかった。こいつもグレン王国の王家の人間だったとは……。
「なんで、王家の人間のお前が皇帝に協力してるんだよ」
「それを話したところで何になるというのだ? 俺はグレン皇帝の儀式を成功させるために、君はティオ・マテリアを救うためにここにいる。ならば、することは1つだろう」
ギルは音もなく剣を腰だめに構える。それに呼応するように、俺も魔宝剣を抜き放ち、正眼の構えをとる。
「そうだな。その通りだ。俺もお前も互いの求めるもののために戦う、ただそれだけか」
何となく感じていた。ギルと戦うときが訪れるって。
1回目は、ただギルとティオの戦闘を見ていることしかできなかった。
2回目は、カイルに殺されないように必死でギルとティオの戦いに介入できなかった。
そして、3回目。こうしてギルと1対1で対峙している。
俺は、強くなった。こっちの世界に来てからの出来事、ティオやユキト、音波が俺を強くしてくれた。
1人ではここまで来ることすら叶わなかった。
命がけの戦いになるだろう。個人的には感情に大きく左右されるカイルより、いつも冷静沈着なギルの方が強いと思ってる。
でも、恐怖心はない。あるのは戦闘に対する緊張のみ。
俺がこんな風に戦いに臨めるのは、ティオ、お前のためだからだ。
自分のためだけに戦うのもいいだろう。けど、自分が大切に想っている人のために戦うと、きっと普段以上の力を発揮できる。こっちの世界に来てそのことがやっとわかったんだ。
ギルの後方をチラッと見つめる。
そこには気を失っているであろうティオがいる。
この谷の終着地点。祭壇のような場所に捕らわれていているティオは人形のようにぴくりともしない。
柄じゃないだろ、ジッとしてるのは。
ティオは元気に動き回ってるのが1番だ。
すぐにそこから解放してやるぜ、相棒さんよ。
「覚悟はいいか、少年よ」
その一言で、俺は視線を正面のギルに移す。
「俺の名前はソーマだ」
「そうか。しかし覚える必要もなかろう。すぐにこの世からいなくなるのだから」
「それはどっちかな」
「答えはすぐにでる」
俺とギルはいくつか言葉を交わした後、魔力を引き寄せるべく集中する。
ギルの紅色の契約竜とメイルも谷の上空に移動しながらにらみ合っていて、まさに一触即発といった様子だ。きっと俺たちと竜たちの戦いは同時にはじまる。
発動する魔法は決まっている。きっとギルも同じだ。
図らずも同時に、人ならざる領域に足を踏み出すその魔法の詠唱をはじめる。
「「我、顕現す。契約を依代とし魔導の礎を我が身にーー竜人化」」