分かれ目
まあ実際にグレン帝国の地面を踏んだわけではないんだけどね。何せ移動手段が空路なのだから。
国境を越える少し前、音波は「ハイド・スキア」、シンは「ミラージュ」を使って敵に探知されないよう一時的に透明化したのだが、問題は俺とメイルだ。
竜が国境を行き来するのは自然なことだ。そうそうあることでもないらしいが。
しかしおそらくメイルはグレン帝国側にマークされているだろう。青竜系統の竜は疑われるはずだ。
そのことが予想できたため、休憩時間を利用して音波と隠密魔法の特訓をしたのだが、まだ成功はしていない。
今までは割とすぐにイメージした魔法を発動させることができたのだが、今回ばかりはさすがに上手くいかなかった。何せ武器や炎というイメージしやすいものではなく、透明になる、敵に感知されなくなるというものだからだ。
思い出せ。難しい回復魔法もイメージを膨らませて発動させることができたじゃないか。
音波は、自分は無、そもそもそこに存在しない、あるのは目に見えない意思のみとかなんとか言って習得したらしいが、俺にはそれがどうにもピンとこなかった。だって、抽象的すぎる。
もっと、具体的な何か。
こちらの世界に慣れすぎて元の世界の感覚が薄れはじめている中で、必死に記憶を探る。
透明化という視点ではなく、相手に見えないということ。
迷彩……? ちょっと待て。思い出しそうだ。確か、光を意図的に反射させることができれば。
いける。いけるぞ。銀鏡の盾の応用で。
昔、本で少しだけ読んだことがある。メタマテリアルを用いた光学迷彩。
「ーー顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー光曲の銀鱗粉」
展開した魔法陣からキラキラと輝く銀色の粒子が放出され、俺とメイルを包み込みはじめた。
よかった。土壇場でなんとか習得できたぞ。失敗したらすべての見張りと戦わなければならず、大幅なタイムロスになっていたところだ。
でも、発動時間が極端に短い。おそらく10秒くらいだ。直感的にそれがわかる。
「メイル、加速魔法を使ってくれ。10秒くらいでいい。最大出力で頼む」
「きゅい」
瞬間、身体にすさまじいGがかかる。通常、竜は翼ではなく魔法を使って飛行する。その際に風圧、Gを軽減させる魔法も同時展開されるのだが、それを差し引いてもこの身体が押しつぶされそうになるほどのG……いったい時速何キロでてるのだろう。
おかげでリフレクティア・スケイルが解ける前に目標地点に到達できそうだ。
目をつぶり、風に身を切られそうになりながら手綱を握ることしばし。唐突に強烈なGから解放され前のめりになり、メイルの背から落ちそうになる。あれだ、慣性の法則ってやつ。
メイルは魔法で制動をかけ、これまた魔法で静かに下降、着地をする。
音波との合流場所。それはそれはちょうどティオへの道、クロス・エッジへの道の分かれ目に位置する双子山の中間地点。
着いてすぐに音波が木陰から現れる。いつも通り気配などまるで感じさせずに。
「ソーマ、あの魔法を成功させるなんて、さすが。ステルス系の魔法は幼い頃から特別な訓練をするか、よっぽど適正のある竜と契約しない限りは習得が難しい」
「まあギリギリで習得したんだけどな。効果時間も短いし」
「それに私のと違って、視覚だけに作用する魔法だろうからおそらく国境付近にはられている探知魔法に引っかかってる。と言っても向こうにわかっているのは何かが超高速で国境を越えた、ということだけ。まもなく両国とも進軍を開始する頃だし、こっちにかまってられる余裕は少ないはず。だからすぐ移動すればグレン帝国側に捕捉される可能性も少なくなる」
「なら、お互いすぐにそれぞれの目的地に急いだ方がいいな。……ここで一旦お別れだ。無事に元の世界に戻ったら1週間、音波の好きな夕食をつくってやる。だから、死ぬなよ」
そう言ってポンとのせやすい位置にある頭に手を置く。
音波はその手をちっこい両手でつかみ、すがるような瞳で俺を見据えた。
「ソーマも、死なないで。死にそうになったらティオを見捨ててでも、生きて」
「その発言、組織の総意に反してるんじゃないのか? それに、ティオを見捨ててまでって……友達になったんじゃないのかよ」
俺の言葉を受け、音波はハっとした表情になり、思わずといった様子でつかんでいた手を離す。
「私としたことが……組織は絶対、なのにソーマに関することだけは冷静さを保てなくなる。……ティオは友達、だけど……ソーマは3人中2人しか助からない状況だと、自分を犠牲にするような性格だから」
さすが、付き合いが長いと何もかもお見通しか。
俺は命がけでティオを救い出すつもりだ。
でも、死ぬつもりはない。矛盾してるかもしれないかもしれない。けど、これがまぎれもない俺の本心だ。
「3人中2人しか助からない状況? なら、3人とも助かることができる状況を作り出せばいい。今回のことだってそうだ。ティオを救う。んで、俺も生き残る。その後に音波のとこに加勢にいく。だから、心配すんなって。普段は頼りないかもしれないけど、今だけは、今くらいは信じてくれよ」
膝をつき、目線を音波に合わせてしっかりと目を見て言う。
我ながら恥ずかしいことを言っている自覚はある。てか、妹みたいな音波に対してだから、内容がとかじゃなくて単純に恥ずかしい。
「なんだかんだで達成しちゃいそうなのが不思議……ソーマがこんなこと言えるようになったのって、やっぱりティオが原因だよね……ちょっと複雑かも」
最後の方はぼそぼそ言っててよく聞こえなかったが、最初の方はちゃんと聞き取れた。
「そうそう、なんだかんだでうまくいくさ」
「わかった。信じる。ソーマは死なない。私も死なない。まだソーマと結婚式もあげてないし」
「その予定は今後も一切ないけどな」
「なぜ!?」
よし、やっと不安そうな表情が消えた。音波はこうじゃなくちゃ。
「さて、じゃあ、行きますか。健闘を祈る」
「むぅ……まあいい。理由は再会したときじっくり聞かせてもらうから。ソーマこそ、健闘を祈る」
言い終わったところで、音波は唐突にその薄桃色の唇を俺の額に押しつけてきた。
「なっ!?」
「本当は唇にしたかったんだけど、そうするとソーマ怒りそうだから額で勘弁しておいてあげる。じゃ、また」
相変わらずの無表情で(ちょっとだけ頬が赤らんでいたような気もするけど)クールにそう告げ、シンとともに森の中へ消えていった。
まったく、音波のやつには最後まで翻弄されちまった。
……ありがとな。言ったこと、必ず守ってみせるから。