グレン帝国、到着
昨日の夜、そして今日の朝とバタバタしていたせいで音波に話せていないことがいくつか残っている。
シルバとの会話ででてきた皇帝、邪竜の意識の優位さとシルバの現在位置についてだ。
昼になって音波が夜霧からの連絡を受け、新たな情報を持ってきた。
「ソーマ、昨日の昼は聞きそびれたんだけど、私に話したいことってなあに?」
「いや、それは後でいいよ。音波の情報が先で」
「昨日も同じことを言って、結局聞けなかった。だからソーマが先」
「……わかった。じゃあ話すよ。クロス・エッジに襲われたあの日、久しぶりに契約竜のシルバと話せたんだけど、会話の中で気になった部分があったんだ。グレン皇帝と邪竜、どちらの意識が優位、とかなんとか」
「ふむむ。竜契約者と契約竜は意識の共有はできるけど、片方がもう一方の意識を乗っ取るなんて聞いたことがない。……ただ伝承に過去に多くの竜契約者を操ったというものがある。だから、自らの契約者を操る、という可能性もなきにしもあらず」
「憶測の域はでないか。でも、希望がもてたよ」
もしあんなヒドいことをしたのがアレク自身の意思ではなく、邪竜の意思だったとしたら。こんなにも救いのある話はないだろう。
だが、その可能性は低い。なぜなら、アレクの父親、マテリア国王の元に届いた手紙には2人にしか知り得なかったことが書かれていたのだから。
でも、ほんの少しだけ信じてもいいじゃないか。例えば邪竜がアレクの記憶を探ってあの手紙を書いたとか、そんな可能性を。
「そう、なら、よかった。他に話したいことは?」
「俺の契約竜、シルバの居場所だ。確か夜霧のメンバーが行方を追ってたんだよな?」
「そう。だけど、急進派との抗争でそっちまで人員を回せなくなった。ごめん」
「なるほど……じゃあ合流は難しそうだな。まだ距離も離れてるらしいし」
「竜人化が使えるなら十分。数でこちらが勝っていれば勝機はある」
「だな。よし、これで俺の話は終わりだ。夜霧から届いた新しい情報を教えてくれ」
俺がそう言うと音波はずずいとこちらに近づいてきて、身長の関係で上目遣いになりながらこう言った。
「本当にもう私に話したいことない?」
「だからそう言ってるだろう」
「じゃあじゃあ、例えば、『実はティオやユキトなんかよりずっとずっとお前が好きなんだ』とか『俺、気付いたんだ。大切な人は、小さい頃からずっとそばにいたんだって』とか『音波! 俺はもうこの溢れ出す感情を抑えられない! 結婚してくれ!』とか!……ソーマ、嬉しい。早速お父さんとお母さんに報告を」
ガシッと手をつかんできて、キラキラした瞳をこちらに向けてくる。
ダメだ。完全にアッチ側の世界に行っちゃってる。
「ていっ」
「あたっ」
両手がふさがっていたため、額で軽く頭突きする。
「全く、1人で暴走しやがって」
「……はっ、私は何を。とても幸せな夢を見ていたような」
「そう、それは間違いなく夢だ」
「むぅ。何か引っかかる。でもそれは今置いておくとして、新しく入った情報を伝える」
さっきまで緩んでいた表情が、獲物を見つめるヒョウのように鋭くなる。
「クロス・エッジの所在が判明した。今も精鋭の構成員が見つかるか見つからないかのギリギリのラインであいつに張り付いている。ただ、そこにティオはいないらしい」
「ということは、あいつはすでに別の任務に移っているってわけか……」
「おそらくは。それで、ちょっとやっかいなことになった。私に、他の構成員とともにクロス・エッジをしとめるよう命令がくだった。だから、ティオの方には行けない」
「……なら、仕方ないか。お前が組織の命令を無視することはできないって知ってるし、俺1人で行く」
「本当に、ゴメン。ついていきたい気持ちは強いんだけど、ソーマが言ったように組織に背くことは、できない」
「いいよ。元々は俺1人でもティオを助けにいくつもりだったし。……音波は、必ずクロス・エッジをしとめてくれよ」
あいつを野放しにしておくのは危険だ。またアレクやリーサのような悲劇が起こりかねない。
本当は俺自らがリーサの仇をとってやりたいところだが、ティオに危機が迫っている今、音波、夜霧に任せるのが得策だろう。
「もちろん。ソーマも、必ずティオを救い出して、邪竜の解放を防いで」
「言われなくても」
ティオの命を使い、邪竜の封印が完全に解けてしまったら、マテリア王国、果てはグレン帝国すら崩壊してしまうかもしれない。
カメリアとの約束を守ると同時に、ティオも救い出す。
「夜霧の精鋭兵も何人かティオ救出にまわすらしいんだけど、メイルが教えてくれた方角から場所を割り出すのに時間が必要で、ソーマが着くくらいに合流できるかできないかぐらいになるらしい」
「それはありがたい話だな。じゃあ音波とは途中で別れるわけか」
「そうなる。国境のところまでは一緒だけど、そこから先は進む方角は異なる
」
音波がクロス・エッジに殺されてしまわないか心配だが、それは音波も同じか。お互いを信じて戦い、勝利し、生き残らなければ。
「よっし、なら予定通りグレン帝国に到着できるよう急ぐとするか」
「うん」
ちょいと話しすぎた。昨日と同じくメイルが痺れを切らして翼を打ちつける音がする。
音波と別れることになってしまったが、やることは変わらない。今はとにかく儀式までにティオの元に駆けつけないと。
それからも休憩、睡眠をはさみつつ飛び続け、マテリア王国の王都から5日が経ち、ついに国境地点に到着した。
その間、敵に襲われる等のトラブルは発生せず、予定通りに進むことができた。(強いてあげれば、音波が突然ツインテール&ツンデレになった日があったくらいだ。音波の髪は長く、それはそれは立派なツインテが……ってそうじゃなくて! 王都でティオと音波が2人きりだったときに、俺がティオにツインテ&ツンデレキャラをするようお願いしたのを話しちゃったらしい。恥ずかしくて消え去りたくなった)
国境地点、思い出の草原を今回は立ち止まることなく突っ切り、俺ははじめてグレン帝国に足を踏み入れた。