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不覚にも

 とまあ休憩時間は元の世界と同じく音波とぎゃあぎゃあ騒ぎながら、それ以外は張りつめた空気を漂わせながら飛び続け、あっという間に夜が来た。


「ソーマ、約束通りマッサージして」


 川で洗った衣類も干し終わり、(もちろん俺と音波のものはわけてあるし、もちろん薄緑色の布きれなんて見てない。ホントだよ?)さあ寝ようというところで音波はそう言ってきた。

 チッ、覚えてたか。あんまりやりたくないんだよなぁ音波には。


「あいよー。疲れを吹き飛ばしてしんぜよう」

「ソーマが乗り気とは珍しい」

「約束だからな。世話にもなってるし」

「良い心がけ。それにマッサージの技術を仕込んだのは私だから享受するのは当然のこと」

「嫌々身に付いたんだけどな……じゃあはじめるぞ」


 ゴロゴロと転がってきて俺の前でピタリとうつ伏せの状態で止まる。あいかわらずちっさい背中だなぁ。これならすぐ終わりそうだ。


「んっ……ソ、ソーマ、そこは……あっ」

「だからそういうこと言うのやめてくれる!?」

「もちろんわざと。興奮した?」

「はいはい、したした」

「なげやりよくない」

「ぐああああ! 目が、目がああぁぁぁあああ!」


 し、信じられねぇ。流れるように目つぶししてきやがった。無駄に動きが洗礼されてるし。


「もう十分。ありがとう。腕が落ちてなくて安心した。次は私の番。そこに寝て」


 心なしかほっぺたが上気している音波に促され、一抹の不安をおぼえつつうつ伏せになる。


「変なコトしないだろうな?」

「大丈夫、今日はしない。まじめにやる」

「今日は、ってところに激しく不安を覚えるんだが……」

「問題ない。やるとしても元の世界に戻ってからだから」

「そうか。ならよく……ないよ!? はぁ、なんかもうこのやり取りだけで疲れがドッとたまったよ……」

「数分後、その疲れはきれいさっぱり無くなって目の前にヘヴンが現れるはず」


 音波さん、ドヤ顔である。ものすごく得意げである。えっへんという擬音が目に浮かびます。それとどうでもいいけどヘブンの発音がめちゃめちゃ上手だった。

 最後に音波にマッサージしてもらったのはいつだったかな。あまり覚えていない。楽しみなような怖いような。


 うつ伏せの状態から横目で音波を見ると、目を閉じ精神集中していた。

 おおげさだなぁ、たかがマッサージに。

 なんて思っていた俺は数分後、考えを改めることになる。認識が甘かった。神技を前にした凡人はただひれ伏すしかないのだ。


「ーー夜霧流柔術奥義、花鳥風月」

「やけに仰々しい名前だな……っ! こ、これはっ! あ、あ、あ、らめえぇぇぇえええ!」


 脳裏に雄大な景色が流れ、最後には宙を舞う天使たちと、あれは、神? 神さまなの? ああ、体が羽のように軽い。あそこまで手が届きそうだ……。


「……ソーマ、もう朝。起きて。起きないと……」


「ひゃ、ひゃい!?」


 音波の茶色い大きな瞳が至近距離に現れる。

 はっ!? いつのまに寝ていたのだろう。えーと、意識に残ってる最後の記憶は……天国?


「昨日はちょっとやりすぎた。ごめん」

「いやいや、すごいよ。気持ちよすぎて寝ちゃったし、本当に天国が見えた」

「このマッサージ法は危険すぎて、シンや家族にさえやったことはない」

「確かに危険だなこれは……てか、近いんだけど」


 そんなに見つめられるとさすがに気まずい。なんか地面に押し倒されてるような格好だし。


「? これが私とソーマの自然な距離」

「明らかに不自然だよ!」


 寝起きに大声出すのは疲れるがツッコまずにはいられない。


「もう、恥ずかしがり屋さんなんだから。そんなとこもいい」

「いいから早くどきなさい」

「ぶーぶー」


 ぶーたれながらちゃんとどいてくれた。音波と格闘戦をしたら確実に負けるだろうから、ホールドされなくてよかった……。


「あ、マッサージしてくれてありがとうな。まだお礼言ってなかった」


 親しき仲にも礼儀あり。音波は家族みたいだから忘れがちだけど、だからこそこういうのはちゃんとしないとな。

 俺の言葉を聞いて、背を向けていた音波はその長いポニーテールを揺らしながらこちらに振り向いた。


「どういたしまして。私がするのはソーマにだけなんだから、もっと感謝するべき」


 薄い微笑みをたたえながらそう言う音波に、不覚にもドキッとしてしまった。不覚にも。

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