旅路の合間に
「んんん……」
朝、か。昨日は夕方に寝たからずいぶん長いあいだ眠っていたことになる。それだけ疲れていたということだが、長時間寝たおかげで身体が軽い。
「すぅ、すぅ」
……うん、起きたときから気付いてたんだけどね。てか昨日の時点で覚悟していた。
音波は昔から一緒に寝るとき、いつの間にか近くに寝ている人を抱き枕がわりにするクセがあるのだ。
しかも、ガッシリと体全体を使って抱きつくため、その、例え小さいといえどもその存在が確認できるというか、なんというか、妹妹言っておきながらこうやって意識しちゃうのは恥ずかしいというか……だから一緒に寝たくなかったんだよもう!
「おい音波、そろそろ起きろ」
「……ん」
俺がそう呼びかけると音波はぱちっとクリクリした目を開き、すぐさま立ち上がって周囲を見回す。
「目視で確認できる範囲は異常なし。結界魔法も作動した形跡なし」
眠っていたときのようなあどけない顔は即座に戦士のそれへと変化した。
すごいな。さすがは夜霧のエリート。こういうところは見習わないと。
このくらいできたなら、王都近くの森でもクロス・エッジに不覚をとることはなかったのかもしれない。
いや、あいつくらいになると付け焼き刃の技術なんてものともしないか。
「すげえな音波。正直、感心した」
「このくらい普通。さあ、朝ご飯食べて、軽くストレッチして出発しよう」
「わかった。あ、そうだ。ちょっと話したいことがあるんだが、お昼に時間とれるか?」
「私もお昼には夜霧の方から定期連絡があるから、その後だったら聞ける」
「よし、ならその時で。さ、今日の朝ご飯は何かな」
「カロリンメイト」
「何で持ってるの!?」
「あっちの世界から持ってきた。こっちの世界の非常食は栄養価は問題ないけど味が壊滅的。その点これはおいしいし安い。そんなに多くは持ってこれてないからありがたく食べるべし」
「お、おう……ちゃ、ちゃんと味わって食べるよ」
まさかこっちの世界でこの黄色いパッケージを目にすることになろうとは。
……チョコレート味、おいしいです。
朝食の時間は文字通りあっというまに過ぎ去り、2頭の竜に軽くマッサージを施してから俺たちはグレン帝国へ向けて出発した。(なお、シンにもマッサージは好評だったらしく、音波曰く「こんな気持ちよさそうな鳴き声はじめて聞いた」とのこと。ちなみに今日寝る前に久しぶりに音波にもすることになりました)
昨日と同じくただひたすらに飛び続ける。人を乗せて長時間飛び続けるなんて、竜の体力と魔力量には本当驚かされるな。
お昼頃になり、山の麓あたりに着地した俺たちは昼食をとりつつ休憩に入った。
山菜を見つけたり川で魚をとったりして簡単な調理をしたご飯は素材そのものの味がして意外においしい。
「こら、音波。魚の骨で歯をシーシーするのはいいけど片手で隠しなさい」
「ソーマに隠すものなんて何もない。望むなら今着てる……」
「ああもういいもういい! そういう話じゃないし行儀の問題だから!」
「細かいことにうるさいとモテない。私にとってはその方が好都合だけど」
「う、うっさい!」
ティオといい音波といい色々と豪快すぎる。
その点、ユキトは非常に行儀がよかったな。話し方は男言葉なのに女子力もめちゃめちゃ高くて今でもそのギャップに笑いそうになることもある。
ユキトは今頃、戦争に向けて準備してるのだろうか。
まさかティオがさらわれるという事態に陥ってるなんて、想像もしていないだろう。
もしグレン皇帝と戦うことになったとき、3人で力を合わせられるよう、なんとしてでもティオを救い出さなければ。
昼食を食べた後、音波は通信魔法?を使って仲間と連絡をとっていた。
なんと、驚きと焦りの入り交じった表情をしている。普段が無表情なだけにこういう表情をするのは珍しい。よほど重要な情報が入ったとみた。
通信を終え、こちらに向き直った音波はもう無表情に戻っている。元の世界にいるときのような緩んだものではなく、なんというか締まった無表情だ。
「ソーマ。新たな情報が入った」
「らしいな。教えてくれ」
「クリスティーナ第三王女が殺された真の理由、ティオがさらわれた理由、そしてグレン皇帝がグレン王国を乗っ取る際にユキトの父親、グレン国王を殺した理由が判明した」
わざわざこの3つを並べたのだ。おそらく、これらは繋がっている。
「調査員の1人が邪竜について記されている書物を発見した。しかも正規に流通しているものではなく禁書の類のもの。それによると、邪竜の封印を完全に解くには、マテリア、グレンそれぞれの、より濃い血液が必要らしい」
「……なるほど。それでティオやユキト、クリスの血が必要だったわけか」
後で聞く予定だった、シルバとの会話の不可解な部分の1つが解決した。
きっと、クリスの血を捧げたから封印が緩み、邪竜の力が増したのだ。
邪竜を封印したのは、初代マテリアとグレン。それを解くのにはその子孫の血液が必要、ってことか。
「そう。推測するにグレンの血はもう十分足りている。念のためにユキトをねらっているのかもしれないけど、現在はマテリア王国の庇護下にあるから安全。問題は、マテリアの血の方。まだ幼く先代から受け継いだ血も薄かったクリスの足りない分を、ティオの血で補うつもりらしい」
「! そ、それじゃあもうティオの命は……!」
「そんな泣きそうな顔しない。まだ生きてる、というより生かされてる。邪竜に血を捧げるのには特別な儀式が必要で、1週間はかかる。それまでに助け出すことができればいい」
「1週間……グレン帝国に着くのに5日かかるとして、探し出す時間も含めて2日しか残ってないじゃないか……」
「探し出す時間は省略していい。彼女の契約竜、メイルが場所を教えてくれる」
「わかるものなのか?」
「もちろん。ただ、竜の方だけ。契約者は自分の竜がどこにいるのか把握することはできない」
それはそうか。それができるなら俺もシルバの位置が探知できるってことになるし。
「よし、じゃあメイルにどのくらいかかるか聞いてくる」
そう言って俺は羽休めをしているメイルの元に駆け寄る。
「メイル、あと4日ほどでグレン帝国に着く予定だと思うんだけど、そこからティオのいる場所までどのくらいかわかるか?」
「きゅい」
短く返事をした後、その逞しい胸部の前に小さな魔法陣が現れる。
どうやら魔法を使って探知するようだ。
目を閉じ、眉間にしわをよせるような表情をしてしばし。カッと見開いた時には魔法陣に『1』という数字が出現していた。
「1日、か……。案外国境から近い位置にいるんだな。教えてくれてありがとう」
「きゅい。……グルルル」
「わかってる。すぐ出発するからもうちょっとだけ、待っててくれ」
もう唸ることはせず、早くしろとばかりに翼を少しだけはばたかせる。
急がないとな。救出に使える時間は多いにこしたことはない。
すぐさま音波の元に戻り、先ほどの情報を知らせる。
「1日……向こうがどのくらいの兵を用意しているかわからないから何とも言えないけど、私とソーマが竜人化すれば、あるいは。グレン皇帝自らがいる可能性は低いし」
「どうしてだ? 封印を解く大事な鍵は自分自身が守るほうがいいに決まっているのに」
「こっちが掴んでいる情報だと、ちょうどそのころには戦争がはじまってる。指揮をとらないといけないはず」
「なるほど。でも、きっと強力な竜契約者たちを配備してるだろうな」
脳裏に、紅色の巨大な竜に騎乗した、黒髪の男の姿が浮かぶ。
「たぶん死ぬ気でかからないと突破できない。大ケガをする可能性も高い。……きっと、ソーマはそんなこと気にもしないだろうけど」
「当たり前だ。ティオを救い出せるならそんなの何の障害にもならない。さあ、そうとわかったらそろそろ出発しよう。メイルが痺れを切らしてる」
「うん。……ソーマ、これだけは覚えておいて。ソーマが死にそうになったら、私が命がけで守るから」
そう言いながら俺を見上げ、切なげな顔をしながら頬に手をそえてくる。
その手に自分の手をかぶせながら、もう片方の手で頭のてっぺんをコツンとやる。
「あうっ」
「ばっか、それはこっちのセリフだっつうの。なんてったって、音波は俺の妹みたいなもんだからな」
「妹じゃない、幼なじみ!」
「はいはい。ところで、何でお前はさっきから俺の膝の上に座ってるんだ?」
「? 言ってる意味がよくわからない。ここは元から私専用の場所。生まれたときから死ぬまで変わらない不変の事実」
「何年も一緒にいるけどそんなの一言たりとも聞いたことなかったからね!?」