四章 始
「そうだな、そういえば幼なじみだったな」
「おかしい、色々とおかしい」
「まあそれは置いとくとして」
「私にとっての最重要事項をその辺に置いておくなんて許さない」
音波の戯れ言は無視して、俺は周りに目を走らせる。
やっぱり、いない。
「音波、ティオは?」
そう聞くと音波は急に神妙な表情になり、申し訳なさそうに言葉を絞り出す。
「……ごめん。私の力じゃ、連れ去られる寸前のソーマを助けることが限界だった。私がクロス・エッジを取り逃がさなければこんなことには……」
「いや、近くにいながら守れなかった俺にも責任はある」
「でも」
「でもじゃない。ったく、普段図々しいくせにこういうところは気にし過ぎる。今は誰が悪いとか話しているヒマはないぞ。音波、やつが向かった先、わかるか?」
「方角からしてグレン帝国なのは間違いない。けど、それ以上はちょっと……潜伏している仲間からの情報提供を待つしかない」
「そうか。ならひとまずグレン帝国に行こう。その情報提供ってのはどのくらいかかるんだ?」
「後で竜魔法でティオがさらわれたことを報告して、そこからなぜさらわれたのか理由を調べたり、クロス・エッジの目撃情報から位置を割り出したりすることを考えると、最低5日はかかる。でもかなり優秀な構成員を使ってるから、もっと早く情報が入ってくるかも」
「なら、今からグレン帝国に向かえば、到着するくらいには情報が入る可能性はあるな。急いで宿に戻って準備してくる。音波はここで待っていてくれ」
「了解。……それにしても、やけに冷静だね。ティオがさらわれたのに」
お前も冷静だろ、と言いかけたが、そういえばある意味こいつはプロだということを思い出す。
「……そうか、音波には冷静に見えてるか。それはよかった。正直、焦りとか怒りとかごちゃごちゃになって、思考が停止しそうだったんだけど、ティオを取り戻さなきゃって思ったらどんどん頭が冴えてきて、でも感情はそのままっていうよくわからん状況で……あーもう言葉にしにくい」
「良い状態。頭は冷静に、心は熱く。戦士に必要な資質」
「それちょっと違うんじゃないか?」
「違うかもしれないけど、冷静に戦局判断ができるならそれでいい。それじゃあソーマが戻るまでの間、私は仲間と連絡をとる」
「頼む。すぐ戻ってくるから」
そう言って俺は強化魔法を発動すべく詠唱をはじめる。事態は一刻も争う。たいしたことのない距離でも魔法を使うくらいに。
宿に到着した俺は最低限の荷物をまとめる。残りの俺の荷物とティオの荷物をここで預かってもらえるよう手紙とお金を残し、すぐに音波が待つ森へと向かった。
「音波、仲間と連絡はできたか?」
着いてすぐにそう言った俺に対し、音波はいつもの無表情で淡々と答えた。
「幹部に伝えたところ、すぐに人員を手配するって。急進派との戦いでごたごたしてたけど、この案件は重要度が高いらしく、何人か優秀なメンバーも調査に向かわせるみたい」
「なら安心だな」
よかった。夜霧の幹部たちもことの重要性がわかっていて。
「それと、今のマテリア王国の状況も潜伏してる仲間に聞いてみた。こんな時間なのに案の定戦争の準備を進めていて、貴族や国王すら動いているらしい」
「やっぱりか……国王に助力を頼むのは難しいな。あの性格じゃろくな援軍も寄越さないだろうし」
「私も同意見。そもそも時間もないし、大人数だとグレン帝国に潜り込めない。それなら戦争したほうが早い。私たち2人で向かうのが最も効率的。だから、ソーマの判断は正しい」
「よし、ならすぐにでもここを発とう。移動には音波の契約竜を使おうと思う。今どこにいるんだ? 近くにいるんだろ?」
「近くっていうか、ソーマのすぐ後ろにいる」
「えっ?」
後ろを振り向くが、鬱蒼とした木々が見えるだけだ。
「いないぞ」
「いる。緑竜の一種で、その中でも上位種の翆竜。名前はシン」
「だから見えないって」
「よく見てみて」
じーっと見つめるが、やはり何も……ん?
宙に浮いている2つの黄色い瞳と目が合う。
そこで、やっとシンの姿を認識することができた。保護色になっていて依然見づらいが、確かにメイルよりもさらに小さな竜を確認することができた。
「いた!」
「シンはいつも特殊魔法の幻影で姿を隠してるからこうやって私以外が視認できるのは稀」
「へーそうなのか。なんというか、音波の契約竜らしいな。でもこの身体の小ささじゃ2人乗りは厳しくないか?」
ティオの契約している蒼竜のメイルも身体は小さめだが、あくまで平均から見たらの話で、このシンは特に小さい。隠密行動には向いてそうだが、2人以上を運ぶとなると大変そうだ。
「そこが問題。私に加えてソーマも乗せるとなると飛行魔法を使っても消耗が激しくて長距離は難しい」
「うーん、どうしよう。シンの魔力が回復するまで俺は強化魔法で地上を進むか……」
ここにきて思わぬ問題が発生した。今まで比較的大きな竜ばかり見てきたから予想できなかった。このままではグレン帝国に着くのが遅くなってしまうかもしれない。
頭を悩ませていたそのとき、大気を引き裂くような音が空から降ってきた。
聞き覚えのあるこの音。
ティオが、連れ去られる前に【竜の爪痕】を見つめていた理由がわかった。
「グルオオォォォオオオ」
唸りながら、俺の目の前に1匹の竜が降り立つ。
いつも「きゅい~」とか間の抜けた、けれど愛嬌のある鳴き声だったのに、こんな声もだせるのか。
サファイアのような、光沢のある蒼い鱗。
体長に不釣り合いな大きな翼。
「メイル……」