不意打ち
そして、王都付近の森の中。
「ふぅ……今夜はこれくらいにしておこうかな」
普段は剣術訓練がほとんどなのだが、昨日の訓練で、自分はもう少し竜魔法の扱い方、精度を鍛えた方がいいと思ったため、魔法訓練をじっくり行った。
といってもメインで使用しているシルベリオ・ソードだけしかやってないんだけどね。
複数の剣を出現させ、空中で操るこの魔法は、俺が今のところ使える魔法の中で最も制御が難しい。
1番はじめに使えた、俺にとって思い出の魔法であり、1番の壁でもある。だって、時間が経つにつれ供給量の増えていく魔力の分だけ、出現する剣の本数もどんどん増えていくのだから。
俺は周りを浮遊している光輝く剣を消し、帰る支度をする。
ちょっと時間をかけすぎてしまった。体感ではもう深夜3時くらいだろうか。
森の中にぽっかり空いた訓練場を後にしようとしたとき、微かに進行方向から足音が聞こえてきた。
こんな時間、この場所に一体誰だ?
無意識に腰をおとし、魔宝剣に手をかける。
同時に【竜の爪痕】にも意識を集中させ、即座に詠唱、展開できるよう準備する。
目を細め、足音が聞こえてくる方を注視していると……。
「ソーマ、やっぱりここにいたのね。もう、言ってくれればいいのに。私だったら昼だろうが夕方だろうが深夜だろうが夢の中だろうが訓練につき合ってあげるのに」
宿で寝ていたはずの相棒さんが現れた。
あー、ついにバレちゃったかー。まあ隠してたわけじゃないからいいんだけど。
緊張状態を解き、さっきの発言につっこみを入れる。
「いや、夢の中はさすがに無理だろ」
「それがね、できるのよ。なんで【竜の爪痕】がてのひらにあるか知ってる? それはね、竜契約者同士が証のある方の手を繋ぐことで魔力を供給し合うためなのよ。それだけじゃない。付随効果でお互いの意識を結びつけることもできる。つまり、手を繋ぎながら眠ると……」
真剣にそう語るティオ。俺は今まで知らなかった衝撃の事実にただただ驚愕する。
「! ゆ、夢の中でも会えるってことか。そんなすごいこともできるなんて……」
新たな可能性に打ち震えている俺を、さっきまで真剣な表情をしていたティオが、わきおこる笑いを必死にこらえているかのような様子で見てくる。
「……おい、ティオ。お前まさか」
「ざんね~ん、うっそでした~! そんなことできるわけないじゃない、常識的に考えて。ふふふ、それにしても動揺してるソーマの顔、傑作だったわ」
「こっちの世界の常識なんて知るかぁあああ! 俺の純粋な心を弄びやがってぇぇええ!」
「私に隠れてコソコソ訓練してたことに対する仕返しです~。なんで言ってくれなかったのよ? こんなところで1人で訓練してて、もしグレン帝国兵あたりに襲われたらどうするの。まあ王都にほど近いここら辺なら大丈夫だろうけど」
「いや、ティオも俺の訓練につき合って疲れてるだろうし、負担をかけるのも申し訳ないな~って思って……」
「舐めないでもらえるかしら。ソーマよりよっぽどタフだし、負担だとも感じてない。……だから、これからは私も深夜の訓練、つき合うわ」
「……ありがとう。助かる。俺、もっと強くなりたいんだ。ティオのためにも」
「そ、そう。良い心がけね。わ、私も」
「ほかにも、ユキトや音波、それに……」
「……」
「え、いきなり無表情になったティオさん怖い。俺、何か気に障ること言ったか?」
「べっつに! じゃあそういうことだから! 今日はもう遅いし、さっさと宿に戻って寝るわよ!」
急にツンケンしだしたティオに手を引かれながら王都に向かって歩き始める。
何気なく手つないじゃってるけど、この様子だと多分ティオも気付いてないな。
俺が勝手にドキドキしていると、不意に風の音にまぎれて誰かの詠唱のような声が聞こえてきた。
その声は微かなものだったが、ティオも気付いたようで、俺と同時にその場から跳躍する。
「ーー静かなる枷」
だが、遅すぎた。
俺とティオは高速で移動する縄のようなものに身体中を縛られ、指1本たりとも動かせなくなる。
間髪入れずに木の上から何かが飛来し、ティオのすぐ近くへと着地した、ように聞こえた。
なぜ聞こえたと表現したかというと、姿が見えなかったからだ。
以前にも見たことがある。これはおそらく一時的に身体を透明化させる竜魔法『隠影』だ。音波がよく使うやつ。
ん、ちょっと待て。音波と同じ魔法……?
いや、そんなことより、このままじゃ2人とも危ない!
詠唱しようとしたが、口がふさがれているためできない。言葉を発することのできない状況でどうやって魔法を発動すればいいんだ!
ティオはどうしているのかと視線を送ると、何やら【竜の爪痕】を必死の形相で見つめている。
だがその行動は長くは続かず、次の瞬間、鈍い打撃音とともに気絶させられてしまった。
何かしようとしていたが、間に合わなかったのか……!
どうする。どうすればいい。
姿を消しているあいつはすぐにこちらに来るだろう。
ティオの方を見ていたら、不意にその近くの虚空から人の身体が浮かび上がってきた。
「……チッ、時間切れか」
どうやらここに来る前も魔法を使用していたらしく、限界時間をむかえたようだ。おかげで、襲撃者の姿を確認することができた。
身体にぴったりと張り付くような黒の着衣。肩のあたりにある『夜霧』のマーク。そして、背中で交差している2振りの短刀。
これらの情報で総合的に判断した結果、1人の人間が思い浮かんだ。
交差する刃。
過去、任務で何の罪もない庶民のリーサを殺し、その後も嬉々として暗殺系の任務を遂行し続けた人物。
このタイミングで出会うことになろうとは。
あいつは気絶しているティオを肩にかつぎ、こちらに向きなおる。
俺もティオも一旦、身動きができないようにした。殺すつもりはなく、捕獲が目的なのだろう。
こいつにそんなことを依頼した人物はもうわかっている。なぜなら、過去にも同じことをしようとした人間が2人もいるのだ。
ギルとカイル。片方は、もうこの世に存在しない。いずれも退けることに成功したが、今回ばかりは無理かもしれない。
近づいてくるクロス・エッジをにらみつけながら、俺はあることに思い至った。
依頼主はおそらくグレン皇帝、アレクだ。
アレクにとってこいつは最愛の恋人であるリーサを殺した復讐すべき存在のはず。
気付いていないはずはない。なら、その上でこいつを利用している……?
だとしたら、それは恐るべきことだ。怒りにかられた復讐心ではなく、静かな、底の見えない深い復讐心を持っているということだから。
そこまで考えたところで俺はあっけなく、何の抵抗もできないまま、延髄を手刀で打たれ気を失った。
「……マ。ソーマ。目を開けて」
身体を揺さぶられて、意識を取り戻す。
徐々にクリアになっていく瞳が最初に捉えたのはクロス・エッジではなく、見知った人物だった。
小柄な体躯に、暗がりの中でもはっきりと色彩がわかるほど鮮やかな栗色の髪。その長い髪は後ろで1つに束ねられ、ゆらゆらと揺れている。
「よかった。目、開けてくれて。すごく心配した」
クリクリとした2つの瞳が不安げに俺を見つめていた。
「お前が、助けてくれたのか」
「そう。間に合ってよかった」
「さすが、俺の妹だ」
「妹じゃない。幼なじみ」
そこにいたのは、俺の幼なじみの音波だった。