前触れ
それからどちらともなく寝床に入り、お互いに反対方向を向いて横たわる。
ティオはすぐに寝息をたてはじめた。俺の背中にぴったりと張り付きながら。
……これは困りましたね。
身体を徐々に移動させながら慎重にティオの手、腕を外していく。
その作業だけで軽く10分はかかってしまった。まあ起こさずに抜け出すことができたからいいか。
いつもの夜中訓練に加え、2つほどやっておきたいことがあるのだ。
門番に【竜の爪痕】を見せて外に出る許可を得て、人気のない訓練場に向かう。
やりたいことの1つ目。
訓練場に着き、周囲に人がいないことを確認してから、それを行う。
契約の証、魔力の受容器、そして姿すら見たことのない契約竜との唯一の繋がりである【竜の爪痕】に意識を集中させ、シルバとの交信を図る。
何回か試したが、あの村での会話を最後に1度たりとも成功していない。
今夜はどうだろうか。
『……おお、なんとか繋がったぞ』
「! シ、シルバか!? よかった、やっとまた話せるんだな……」
『主よ、すまないが今回も時間はほとんどないようだ。今はなんとか邪竜のしもべどもを振り切ったが、次から次へとやってくる。グレンの地の兵も邪魔をしてくるゆえ思うようにそちらへ進めないのだ』
「グレン皇帝に妨害を受けているんだよな?」
『其の者が邪竜の契約者を指しているのなら、そうだ。どちらの意識が優位なのか定かではないゆえ断言はできないが。ところで、主に聞きたいことがある。最近マテリア、またはグレンの血族の者が殺されはしなかっただろうか?』
「な、なんでそれを知ってるんだ!?」
『その反応から察するに、やはりか。邪竜の力が増したのはそのせ……』
「おい、シルバ、どうした?」
『……時間切……くう、主との貴重な時間が……また……』
そこでシルバからの声は完全に途絶えてしまった。
邪竜はなぜシルバを妨害しているのだろう。何か不都合でもあるのか、あるいは、恐怖している……?
それなら、こちらから会いに行った方が邪竜攻略に役立つかもしれない。
ただ、その前に戦争がはじまって、万が一にもすぐに決着がついてアレクが殺されてしまったら、説得もなにもかもできなくなる。
シルバの現在位置は依然として不明だが、意思疎通が上手くできないのは相当距離が離れているから、らしい。
飛行速度の速いメイルに乗ったとしても、時間的にギリギリになってしまう可能性がある。これはティオと相談しなきゃな。
それよりも、さっきのごく短い会話の中で気になる言葉がでてきた。
どちらの意識が定かではない、というのと、王の血族についての話。
ある程度予想はたてられるが、今考えても確証を得ることができない。これもティオに相談だな。
さて、次は2つ目。
よく考えると、これをするのも大抵は夜の訓練時だな。
「リーサ、昼間はでてきてくれなかったけど、やっぱりティオがいたからか?」
『……その通りよ。ティオちゃんが話したいって言ってたけど、私自身も考えがまとまってない以上、何を言っちゃうかわからないしでてくるわけにもいかなかったのよ』
そうだ。そう、だった。リーサもグレン皇帝の正体がアレクだったという事実を知ったばかりだった。
「その、なんだ、リーサは、俺たちがやろうとしてること、どう思ってるんだ?」
『本来この世にとどまってるべきじゃない私が言うのもなんなんだけど……説得を試みることには賛成。でも、失敗してアレクを殺そうとするなら……この剣に貯め続けてる魔力を暴走させて、邪魔しちゃうかもしれない。あの人は多くの罪を背負っているけれど、それはすべて私のため。私だけは、あの人を守ってあげなくちゃ、救ってあげなくちゃいけないの。』
「……正直に言ってくれてありがとう。そうだよな。魂だけになってもこの剣にとどまり続けてるくらいだもんな」
アレクとリーサ。2人の愛は悲痛すぎるほどに強く、故にその行動は常人の範疇を大きく越えている。
2人の過去話を聞いたため、俺のアレクへの思いは複雑だ。間接的にカメリアを殺したことに対する恨みのようなものと、最愛の恋人だったリーサをくだらない理由で殺されてしまったという過去に対する、同情のようなもの。それらが混ざりあって混乱しそうになる。
『……私を捨てるなら今のうちよ』
「そんなこと、するもんか。前に言っただろ。俺はリーサの力にもなってやりたいって。絶対に説得を成功させて、ティオとリーサを笑顔にさせる。ユキトにもとことん話をしてわかってもらう。俺は、俺の好きな人たちが幸せになれる未来を、つくりたい。それから、音波と一緒に元の世界に帰るんだ」
そうか。俺の願いって、これだったんだ。色々難しく考えてきたけど、こんなにシンプルだったんだな。
思うことは数多くあるけれど、やることは多くない。あとは、全力をつくすだけ。
『……本当に、お人好しなんだから。そんな性格だと損するわよ』
「うっせ。俺は自分がしたいことをしてるだけだ」
『はいはい。そういうことにしておきましょう。さーてと、もうこの話は終わりー。ねえねえ、お店でティオちゃんとユキトちゃんが自分を取り合ってるとき、どう思った? やっぱり嬉しい? ソーマはどの子が好きなのかな~? ティオちゃん? ティオちゃんなの? おねーさんに話してごらんなさいよー』
「いや、あれは取り合ってるとかじゃなくて単におもちゃにされてるだけだから……ってリーサと話すとすぐそういう話になるじゃないか! もう知らん、俺は竜魔法の訓練するからな!」
『ああーん、いけずぅうう』
この話題で話し続けたら危ない気がしたため、魔宝剣、もといリーサを地面にぶっさして放置し、そそくさと詠唱して訓練に移る。
「ーー銀竜剣」
弱者が何を言っても、その声は届かない。こっちの世界では特に。自分の願いを叶えるためには、もっともっと強くならないと。
『……頑張ってるわねえ。そんな姿を見てると、情が湧いちゃうじゃないの。いや、もう十分過ぎるほど、湧いちゃってるか。どうしたらいいんだろうなぁ、私』
その呟きは、誰の耳にも届くはずもなく、ただリーサの中で木霊するだけだった。
一方その頃、宿にて。
「ううん……あれ、ソー、マ?」
日中に寝たせいか、変な時間に起きてしまった。そしてすぐに異変に気付く。
そこにあったはずの温もりがなくなっている。
一瞬で目が覚め、私はすぐに部屋の中を確認した。
ソーマの魔宝剣と外套がない。
なるほど、さては私に隠れて特訓か何かしてるのね。全く、それならそうと言ってくれればいいのに。
門番にソーマが通ったか確認してみよう。場所はおそらく今日訓練してたあの場所ね。
ふふふ、夜の訓練ってのも乙なものね。べ、べつに変な意味じゃなくて!
装備を整えてから、私は深夜の森の中へと向かうのだった。
数時間前、某所にて。
「くっ、この私がターゲットを見失うなんて……!」
音波こと私は、数時間前、クロス・エッジを見失ってしまった。
緊急の任務というのはあいつを追うことであり、位置が一番近く、実力もある私に声がかかったわけだが、このザマだ。
契約竜のシンによると、あいつの向かった方角は、王都。
なぜ1度離れた王都にまた……?
守りは厳しいし、この時間に中に入り込むことなどほぼ不可能。
それにあそこには私の恋人(になる予定)のソーマもいるというのに。あ、あとあのやかましいいパツキン女も。
ダメだ、今は余計なことを考えている時間はない。
あいつが何かを起こす前に、仕留めなければ。