月明かりに照らされて
訓練が終わった俺たちは、戦術や魔法の扱い方等を話し合いながら、夕日で赤く染まった帰り道を歩く。
異世界といっても不思議と月と太陽が存在しているので、こうやって夕焼けの中を2人で歩く、なんてこともあり得るのだ。
宿に到着し、夜ご飯を食べる。ここまではいつも通りだ。
問題はその後。先にシャワーを浴びていたティオと交代し、俺も浴び終わってからだのことだ。
着替えてシャワールームを出ると、窓際にティオが座っていた。
外に突き出る形の大きめな窓なので、部屋と窓の間にスペースが空いていて、そこに体育座りのような形で座っている。
光をはね返し、キラキラと輝いている金色の髪。
昼間はあんなにエネルギーに満ち溢れていたのに、今は脱力しきっている華奢な身体。
月明かりに照らされているその姿は、どこか寂しげだった。
窓の外の見つめているため、こちら側から表情をうかがい知ることはできない。
今日1日はティオにとっても俺にとっても色々なことがありすぎた。
ティオの妹、クリスの訃報。
グレン皇帝の正体。
ユキトとの再会。
新たな旅の目的を見つけたり、ひたすら訓練したりして考える暇をなくそうとしていたようだが、一息ついた今、頭の中では様々な想いが渦巻いているのだろう。
抱きしめたい衝動に駆られたが、それはスッと過ぎ去った。
そんなことしたら壊れてしまう、なんてバカバカしい考えが浮かんだからかな。
その代わりに俺はティオの横に座ることにした。
近くに誰かがいる。それだけで多少の安心感は与えられるだろうから。
窓の近くまで来たとき、ティオはこちらの意図を察したのか、それともここに座ってほしいという意思のあらわれなのか、自ら場所を空けてくれた。
俺は、そこに何を言うでもなく腰を降ろす。
背中合わせの体育座りという状況で、お互いの体温を感じながら、黙って月を眺める。
ただただ、ゆるやかな時間だけが過ぎていく。
おかげで俺も自分を見つめなおすことができた。
突然この世界にとばされて、ティオに出会って。
一緒に旅をしながら色んなことを知った。その中でティオの力になりたい、助けになりたいという思いが強まっていって。
ティオと離れている間は、ユキトと共にとある村で過ごした。
そこでの数日間の出来事は一生忘れられないものになり、同時に俺に罪のない人々を守るという目的を与えてくれた。
そして、グレン皇帝、またの名を、アレク・マテリアについて。
間接的にせよ、村の人々を殺した、俺にとってもユキトにとっても憎むべき存在。
でも、この感情は封印しなければならない。
俺は、ティオの力になると決めた。すなわち、ティオの目的は俺自身の目的でもある、ということだ。
彼女の目的は、兄であるアレクの悪行を止めること。まずは説得して改心を促す。その際にこの復讐心を持ち込むわけにはいかない。
もしも説得に失敗したなら、ティオは兄を殺すと言った。
そうなったら俺はティオの力になる、復讐を果たす、戦争の火種たるアレクを殺すことで多くの罪のない人々を救うという、すべての目的を達成することができる。
けれど、1つだけ引っかかることがあった。
リーサ。魔宝剣に宿る彼女のことだ。
俺やティオがやろうとしていることを知って、リーサはどう思っているのだろうか。
彼女も旅を共にしてきた大切な仲間だ。助けられたことも何度もあった。
ティオの呼びかけには応えてくれなかったが、俺の呼びかけにはきっと応えてくれる、と思う。
夜中の訓練の際に話を聞いてみよう。
そう決めたとき、唐突にティオに声をかけられた。
「ねえ」
「んー」
「ソーマはどうして」
「どうして私と一緒にいてくれるのか、とかは無しだぞ。前にも言ったけど、それは相棒だから、俺が一緒にいたいって思ってるからだ」
「うぐっ。な、なら別のこと。ソーマは私のそばから」
「いなくなったりしないし、死にもしない。元の世界には戻るけど、定期的に会いに来るつもりだから。それにアレクに対抗するためっていうこと以外に自分が死なないためにも、今日みたいに訓練してるんだから」
「な、なんで私の言いたいことがわかるのよ!」
「そりゃあティオのことだからな。というより、今までだって何回か同じこと言ってるし。大丈夫、大丈夫だから」
「……。そ、そう。ごめんね。ちょっと疲れてたかも」
ティオは弱っているとき、わかりきっていることを聞いて安心したがるからな。何回でも言ってやるさ。
「いいよ。気にすんな気にすんな」
「じゃ、じゃああと1つだけ。私のしようとしていることって、間違ってるのかな。説得の余地もなく、殺されなきゃ、いけないのかな」
「正しいとか、間違ってるとかじゃないだろ。自分がどうしたいかが大事だ。少なくとも、俺はいつだってティオの味方だ。もし周りがティオのことを間違っているって糾弾しても、俺だけは正しいって言ってやる」
「……ありがとう。ありがとう、ね。そこまで言ってくれるなんて……。というより、ソーマにこんなこと言わせるなんて、相棒失格ね。もう、兄さんを止めるまで弱音を吐いたりしない。これで、最後にする」
「無理、しすぎんなよ」
「うん」
それから俺たちはまた無言で月を眺める。
心なしか、ティオが預けてくれている背中の重みがはじめより大きいような気がする。
重いはずなのに、なぜか心地よかった。