願わくば
ああ、ユキトならこう言うんだろうな、と納得できた。一緒に過ごした時間は長くはないが、その凄絶なまでの決意は知っていたから。
この言葉を受けて、ティオも自らの決意を語る。
ユキトが真摯に話してくれたから私も、と前置きしてから、
「兄は恨まれても当然のことをしてきた。きっと貴女のように兄を殺したいほど憎んでいる人は沢山いるでしょう。私は、大好きだった兄さんをさがすために旅をしてきたけど、平気で村や町を蹂躙したり、妹をあんな風に殺して利用したりして、昔とは大きく変わってしまった兄に対する想いは……正直、まだよくわからない」
ティオは一息つき、今まで伏せぎみだった顔を上げ、先ほどのユキトと同じように、強いまなざしでユキトを見つめる。
「でも、これだけは自分の中ではっきりしてる。それは、兄さんを止めなくちゃいけない、という気持ち。使命感みたいなものかな。これ以上、罪を重ねないように。兄さんの妹として。小さいときから私を支えてくれた恩を返すためにも」
まあ、兄さんにとっては余計なお世話かもしれないけどね、と自嘲気味に笑って話を締めた。
「……初対面の私にここまで話してくれてありがとう」
「それは私の方もだわ。ソーマがお世話になったそうだし、これから同じマテリア王国側で一緒に戦うかもしれないしね」
「ああ、そうだな。ソーマには世話になった。共にグレン皇帝を打倒しよう」
なんか2人が打ち解けて、嬉しいような寂しいような。よし、ここでいっちょ俺の存在をアピールするか!
「いや、全くだよ~。2人とも俺がいないとダメダメなんだもんな~本当困っちゃう」
…………。
え、何この空気。
「ごめん、訂正するわ。ソーマを世話してくれてありがとう」
「ティオも大変だろう、ソーマの世話は。すぐ泣くし」
「そうなのよ! いつも私が慰めてあげてて」
「な、慰める!? な、なんて破廉恥な! き、君たちは一体何をしてるんだ!?」
「へ? いやいやそういう意味じゃないから! 想像力豊かすぎるでしょ! だ、大体ソーマと、そんなこと、まだ早いっていうか……」
「や、やっぱりいかがわしいことを考えてるじゃないか! ソーマ、今すぐ私の元に来い。身の安全のためだ」
「ち、違う違う! そうじゃなくて……ああもう! 妄想力たくましいユキトの方が危ないでしょ!」
「な、なんだとう!」
話が変な方向に飛び始めたあたりから、俺は店主のいるカウンター席に移動し1人優雅にコーヒーを飲んでいた。
うんうん、人間って、こういう風に仲を深めていくんだよね。……深まってる、よね?
若干不安を抱えつつ、まだギャーギャー言い合っている2人を見つめる。
それにしても、ユキトの交渉が成功して、良かった。
これで心おきなくグレン帝国と戦える。
ティオも、このいっときとはいえ気が紛れているようで、良かった。
今はやるべきことが明確に見えていて潰れずにすんでいるが、心がえぐられるような出来事が立て続けに起こったのだ。
俺なんかにできることは限られているが、一緒にいる限り支えてあげたい。
なーんて湿っぽい考えはやめだやめだ! 俺もティオとユキトが生み出す戦乱の渦へと突撃だー!
さて、その後2人によってボッコボコにされた(精神的に)俺はいじけながら2人のやりとりを眺め、流れでなぜか店主も交えてトランプしたりと楽しく過ごした。
場が落ち着いたところで、外から大きな鐘の音が聞こえてきた。
その途端、店主は店じまいをはじめ、ユキトも、もうそんな時間か、とつぶやき帰り支度をしはじめた。
そうか、もう、追悼式の時間か。
「君たちも一緒にいかないか?」
「いや、私たちは行かないわ」
「……そうか。なら、一旦ここでお別れだな」
「ううん、おそらく当分会えない。私たちは明日グレン帝国に旅立つから」
ユキトは驚いた顔をして、本当か? と問いかけるような瞳で俺の方を見てきた。
俺はコクンとうなずく。
「そうなんだ。俺たちは直接、グレン皇帝の元に向かう」
「無謀過ぎる。おとなしく軍の指揮下に入った方がいい。直接戦ったことのある私が言うんだ」
皇帝を、グレン帝国を打倒するだけなら、それが一番賢いやり方だろう。
でも、俺たちの目的は少し違う。
俺が話すよりティオから話す方がいいだろうと思って、アイコンタクトを送る。
それを受け、ティオがグレン皇帝を止める、ということばの真意を明かす。
「ユキト、私たちはね、皇帝を止めるとは言ったけど、殺す、とは言ってないわ。どうしようもなければ最終的にその選択肢もあり得るだろうけど、まずは、説得を試みようと思う」
俺たちの目的は似て非なるもの。
なぜなら、グレン皇帝、アレクを生かす戦闘不能にすることも考えているから。
ユキトの必ず殺す、という目的とは反するのだ。
「……そうだったのか。だが、私はやつを殺さなければならない。もしティオやソーマがやつの説得に成功しても、私は殺そうとするだろう。改心しようが、罪をつぐなおうとしようが関係ない」
「……もし、もしもよ。説得に成功して、兄が心を入れ替えたら……私は、兄をかばってしまうかもしれない。守ろうと、してしまうかもしれない。だって、血のつながった家族なんだもの」
ティオもこうやって人に話すことによって、兄への想いを整理しているのかもしれない。
ユキトはこれを聞き、怒るでもなく悲しむでもなく、いたって冷静に言う。
「……まあ、まだ説得できたわけでもないし、その時はその時だ。互いの主張が合わなければぶつかり合うしかない」
「そうね。まずは、お互い生きて再会できることを願いましょう」
こういうところは2人とも妙にわきまえている。
争いの絶えない、他国と常に戦争しているような、そんな世界ではきっと敵だったものが味方になったり、味方だったものが敵になったりなどは日常茶飯事なのかもしれない。
「だな。俺もすべてが片づいたら、またティオやユキトと遊びたいし、もっとこの世界を旅して色々なものを見たい。元の世界に帰ったとしても、長期休みの時はまた戻ってくるつもりだ。それも全部生き残ってこそできる。だから、みんなで生き残って、それで笑顔で握手しようぜ」
俺はユキトに手を差し出す。
ユキトもすぐに俺の手を握ってくれた。
懐かしい、柔らかな感触。願わくば、またこうやって仲良くこの手を握れんことを。