グレン皇帝
ソファに座ったまま微動だにせずティオが戻ってくるのを待つ。
カチ、カチ、カチ。
時計の針を追い続けること1時間。
ついに、謁見の間の扉が開いた。
いてもたってもいられず部屋を飛び出す。
そこで俺が目にしたのは、顔面蒼白で今にも倒れてしまいそうな、ティオの姿だった。
すぐさま駆け寄り、フラついていた身体を支える。
「大丈夫か、ティオ! 少し体を休めた方がいいんじゃないか?」
「……ううん、今すぐ、報告したいから。悪いけど部屋まで肩を貸してくれないかしら」
部屋までのごく短い距離を一緒に歩き、到着したところでソファに寝かせる。
「ありがとう。ねえ、あと1つ、頼んでいい?」
「何だ?」
「……膝枕、してほしい」
「それくらいなら、いくらでも」
珍しいな、ティオが素直にこんなこと言うなんて。
それだけに、余計不安になる。
「そうだ。謁見の間で先に話していたのは、前に話したユキトだったんだ。交渉の結果は聞いたから、そこはもう話さなくてもいいよ」
「そうだったの……。すれ違った時タダ者じゃないな、と思ったけど、どうりで……。うまく協力関係を結べたようで、良かった」
「これで、一緒に戦う心強い仲間が増えた。その点は一安心なんだけど……やっぱり顔色が悪い。くどいようだけど、休んだ方が」
「大丈夫。大丈夫、だから」
大きく深呼吸をして、ティオは絞り出すように話し始めた。
「つい今さっき、クリスに会ってきたわ」
「……! それって」
「ひどい、ひどい姿だった。医師によると、全身の血を一滴残らず抜かれていたそうよ。この後追悼式があるからって、ちょっとしか会うことができなかった……もっと、謝りたかった。あの時、助けてあげられなくてゴメンね、って」
よく見たら、目が真っ赤に腫れていた。ついさっきまで、泣いてたんだ……。
俺は半ば無意識にティオの頭をなでる。
「悲しみの次には、怒りが湧いてきた。もっと優秀な護衛をつけることができたのに、我が身大事さでそれをしなかった父に。そういう人だって、わかっていたはずなのにね」
「マテリア国王には、人の感情ってものがないのかよ」
国王の前に、娘をもつ父親だろう。信じられない。
「何かが欠落してるんでしょうね。そんな人だったからこそ三男でも王位を継げたのかもしれない。……それで、なぜクリスがさらわれたのに助けようとしなかったのか、って聞いたら、こう言ったわ」
『王女がさらわれたままだと体裁が悪い。返還するよう交渉するために使者を送った。が、それを無視し、あまつさえ遺体を侮辱の手紙とともに送りつけてくるなぞありえない。我が国の総力をもってしてグレン帝国をつぶす。お前も手伝え』
「ですって。怒りを通り越して呆れたわ。そこで、気付いた。父が怒っている姿は何度も見てきたけど、今回のは今までに見たことがないような、異常な怒り方だったわ。貧乏ゆすりをしたり、壁を蹴ったり、殴ったり、それはもう壮絶だった。よっぽど手紙の内容が気にくわなかったんでしょうね。私も元々、皇帝がどんな手紙を送ってきたんだろうって気になってたから、見せてほしいって頼んだ」
肉親であるティオがここまで言うんだ。それはよっぽどのことだったんだろう。俺も気になっていた。皇帝が何を伝えたのか。
『お久しぶりです、父様。僕は4年前のこと、忘れていませんよ。あの時のお返しをするための準備が整ったので、この手紙を送りました。貴方の大事にしているもの、すべて奪わせていただきます。せいぜい醜く悪あがきしてくださいね』
腰にさしている魔宝剣が僅かに震えたような気がした。
父、様?
それって、それって……。
「グレン王国をたった1日でのっとったグレン皇帝。素性が一切知られていなかった、その正体は……兄さん、だった」