意外な再会
王都で迎えるはじめての朝。
「ほら、ソーマも早く起きなさーい!」
いつものようにティオに起こされる。んー、この声を聞くと落ち着くなあ。思わず2度寝したくなっちゃうなあ。
「もう、しょうがないわね」
お、諦めてくれたかな。
もっと寝ていたいけど、今日は王との謁見の日だ。仕方ないけどそろそろ起きなきゃな。
体を動かそうとした時に、不意にティオの手が俺の髪の毛に触れる。
ちょ、ちょっとちょっと!
髪をすいたり、くるくると弄んだりやりたいほうだいだ。他人、というかティオに触られてると思うとなんかこそばゆい。
「ふふふ、……い寝顔しちゃって」
クスッと笑ってから小声でささやくように何か言ってる。声の出所が近いような。
そーっと目を開けると、深い翠色の瞳が至近距離に現れた。
数秒、お互いに状況が飲み込めず硬直する。
「お、おはようございます」
「ソ、ソーマ、お、起きてるなら、は、早く言いなさいよ!」
「いや、ちょうど今起きたところだから!」
「そ、そう。ならいいけど……あ、顔が近かったのは、アホな寝顔を間近で見てみようって思っただけだから!」
「な、なんだと! アホとはなんだアホとは! 凛々しくてキリっとした寝顔だっただろ!」
「いや、それはないわ」
「ふざけただけだし急に冷静になるなよ!?」
なにはともあれ、朝からティオの笑顔が見れて良かった。
普段よりもやや豪華な朝食をとり、王城へ向かう。
午後から追悼式があるので、都の雰囲気は暗い。
「ティオ、言いにくいことなんだけど、その、追悼式には参加するのか?」
「しないわ。この目で確かめるまでは」
きっぱりとそう言い切る。
それはそうか。話に聞いただけだもんな。
でも、あの王の怒りようと、情報がもれたことを考えると……。
俺たちは口数も少なく王城までの坂道を歩く。
もう1つ、ティオに言っておかないといけないことがある。それは昨日の夜に考えていたユキトのことだ。
ずっと頭の片隅に引っかかっていた。戦争になったら、ユキトはどうするのだろう、と。
皇帝を倒す、という目的は一緒なのだが、仮に倒せたとしてもグレン帝国はマテリア王国のものとなる。そうなればグレン王国再興というユキトの目的は叶わなくなるのだ。
俺たちが正式に戦争に参加するとなったら、最悪の場合ユキトと戦わなければならなくなるかもしれない。それだけは、どうしても避けたかった。
そこで俺が考えたのは、交換条件を持ちかけること。
具体的には、ユキトがマテリア王国に加勢するかわりにグレン王国は残してもらう、というものだ。
だが、これは国王が加勢など必要ないと判断したら意味はない。契約相手であるユキト本人もいないし、イチかバチかの賭けとなる。
でも、何も言わないよりかはマシだ。もしこの交渉に失敗したら……その時にまた考えるしかない。どうにかしてユキトと戦わないように。
ティオにこの話をして、国王に頼んでくれないかと聞いたら快く引き受けてくれた。
「いいわよ。グレン王国で実力者だった彼女とその仲間がいるなら確実に勝率があがるだろうし。何よりソーマが色々とお世話になったものね」
最後に一言はなぜか少し怒っているようにも聞こえたし、感謝するような優しげな感じにも聞こえた。
よし、これで準備は万端だ。あとは、マテリア国王に会いにいくだけ。
城門に到着し、ティオが門番に話をつける。元王女だからなのか門番は緊張している様子で、すぐに国王の秘書に取り次いでくれた。
今までに見たこともない壮大なロビーに足を踏み入れる。
見上げるほど高い天井に吊り下げられた巨大なシャンデリアに、磨きあげられた大理石の床。足下を柔らかく包む上質そうな絨毯に、そこかしこに控えている使用人たち。
あまりの豪華さに圧倒されている俺をよそに、ティオは慣れた様子で秘書さんと話し始めた。
秘書さんは壮年の男性で、落ち着きと得体の知れぬ雰囲気をまとっている。俺だったら話すのをためらってしまいそうだ。
「ティオ様、おひさしゅうございます」
「久しぶりね、ダロス。元気にしてた?」
「それはもう。ティオ様もお変わりないようで。それにしても、驚きました。再びこの場所に戻ってこられるとは」
「私ももう戻らないつもりだったんだけどね。……父様に、会わせてくれないかしら」
「陛下はただいま客人と謁見しておられるのですが、その後ならば可能かと。いつかティオ様がここに訪れた時、お通しするよう申しつかっておりますので。ただ、謁見できるのはティオ様だけです。従者の方は謁見の間にお通しすることはできません」
「それはグレン帝国を警戒してのことかしら?」
「その通りでございます。どうか、ご理解のほどを」
「……そう。わかったわ。父様はとても用心深いものね。あと、ソーマは従者じゃなくて私の大切な相棒なの。今後それ相応の対応をするように」
「それは失礼いたしました。承りました」
「ありがとうダロス。それじゃあ私たちは謁見の間のすぐ近くの部屋で待たせてもらうわ」
「それでしたら、後ほど紅茶と菓子をお持ちいたします」
「ええ、お願い」
秘書の人と話を終え、俺たちは謁見の間とかいう部屋にほど近い、小さめの(それでも一般的な部屋よりよっぽど広い)部屋で、先客の話が終わるまで待つことになった。
とんでもなく美味しい紅茶とお菓子を頂き、数十分経った頃、謁見の間の扉が開く重厚な音が聞こえてきた。
「どうやら先に父様と話してた人が出てきたようね。じゃあ、行ってくるわ。連れていってあげられなくてごめんなさい」
ティオは申し訳なさそうにそう言う。
「いや、しょうがないよ。ここでは国王の言うことが絶対なんだし。……ユキトに関してのこと、頼む。それと、妹さんのことも……」
「もちろん、わかってる。聞いてきたことや決まったことはちゃんと報告するから、ソーマはそこでお茶でも飲みながら待ってて」
ティオはスタスタと迷い無い足取りで謁見の間へと歩いていった。
俺は、ただ座して待つことしかできない。
はたして、ティオはどんな情報を得るのだろうか。交渉は成功するのだろうか。
俺は不安を打ち消そうとするかのように部屋の中をぐるぐる回る。
開けっ放しの入り口に差し掛かった時、部屋の外から誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。
さっき謁見の間で国王と話していた先客か。
どんな人物なんだろうと興味が湧き、あまりよくないと思いつつも入り口からひょこっと顔を出して確認する。
その人物と目が合い、驚きのあまりお互いに石のように固まる。
燃えるような深紅の瞳。
漆を塗ったようなつやのある黒髪。
「ユキト!?」
「ソーマ!?」