ティオの思い ソーマの思い
「……私の話はもういいわ。ごめんね、なんかぐちゃぐちゃしてわかりにくくて。ソーマは、何を話そうとしてたの?」
目を赤くしたティオが俺にそう聞いてくる。
「実はティオが寝ている間、聞き込みをしてたんだ。そのことを伝えようと思って」
「何がわかったの?」
「グレン皇帝がマテリア王の元にクリスの遺体を送ってきたらしいんだ。マテリア王国を侮辱するような手紙も一緒に。それに怒った王が、ついにグレン帝国との全面戦争に踏み込むそうだ」
「! グレン皇帝は、一体何を考えているの……クリスが殺されたのは、父様を怒らせて戦争を起こさせるためだった、ってことなの……そんな理由だったら、許せない」
「やっぱりそうなのかな。でも戦争するならわざわざここまでやる必要はなかったような気がする」
「他にどんな理由があるっていうの? それに、父様を怒らせるのにこれほど効果的な手段はないわ。父様はクリスが殺されたことに怒っているんじゃない。そうだったら生誕祭の時、もっと強い兵士を護衛につけたはずだもの。父様が怒っているのは、侮辱され、それを国民に知られたこと。大事なのは自分の地位とプライドだけ。きっと今回の失態も隠そうとしたのだろうけど、どこかから情報がもれたのね…」
聞けば聞くほど、マテリア国王に対する印象が悪くなる。ティオが家を出た理由が、少しだけ理解できるような気がした。
「これから、どうする」
「…父様に、会いに行くわ。知ってることを全部話してもらう。私が戦争に参加するって言えばきっと何でも答えてくれるはず。父様も私の実力、知ってるから」
「ティオは知ってどうするんだ? ギルやグレン皇帝に復讐、するのか?」
「もちろん仇を討ちたいと思っているわ。でも、私もどうしていいかわからないのよ。今はクリスのことで頭がいっぱいで、整理がつかない。兄さんのことも考えられない。とにかく、知りたいの。クリスが本当に殺されてしまったのか、マテリア王国を侮辱するような手紙の内容はどんなものだったのかを」
まだ話せていなかった、ティオのお兄さん、そしてリーサの恋人でもあるアレクさんについて。
彼がマテリア王、父親を暗殺しようとした理由。 それは、彼が深く愛していた女性・リーサを父親が雇った暗殺者によって殺されたから。
今話すべきじゃないな。当面は妹さん、クリスのことについてだ。
「わかった。俺も付いていくよ」
「もし戦争に参加することになったら……ソーマは元の世界に戻る方法を探しなさい。私の、私たちの事情に、巻き込めない」
「だから、付いていくって言ってるだろうが。それに、俺にだって、グレン皇帝を倒す理由くらいある」
あの村を襲ったのはカイルだが、やつを野放しにし、重用していたのは皇帝だ。元を辿れば村のことも、ティオやユキトが苦しんでいることも、すべてグレン皇帝のせいということになる。
グレン帝国は皇帝の手により軍事国家になった。そして今までしてきたことを考えると、これから先も憎しみの火種をまき続けるだろう。消えていったカメリアたちの村や、他の多くの村や町。もうこれ以上犠牲を出すわけにはいかない。
皇帝を倒すことによって、これから滅ぼされるはずの沢山の人々を救うことができる。
個人的な思いと、カメリアとの約束を守るために。
こんなこと言い出したらキリがないことくらいわかってる。この世界でだって、元の世界にだって、戦争なんて珍しいことではない。
だから俺は人間らしく、自分が守りたいと思ったものだけ、守る。1人の力なんてたかが知れているが、それでもかまわない。結局はしたいことをするだけだ。
「それに、前ついてこいって言ったのはティオの方だろ。それにここまできたらもう退けるわけなんかないじゃないか」
「……。そうね、そうだったわね。私がそう言ったことも、ソーマが意外に頑固だってことも忘れてた。クリスを失ったショックも大きいけど、あの子のためにも、まだやるべきことがある。今立ち止まるわけにはいかない」
ティオのその翠色の瞳に、強い意志の光が宿る。
「そうと決まれば、明日にでも父様に会いに行くわよ。今日はもう日も落ちて城門も閉じているだろうから」
「わかったよ、お姫様」
「もう、だからその呼び方はやめてってずっと前に言ったでしょ!」
「もちろんわざとだよーん」
「ソォオオオマァアアア! この私をからかおうなんて10年早いわよ!」
「おーこわいこわい」
ティオの笑顔はまだぎこちないものだったが、少しでも気を紛らわすことができたのなら嬉しい。
俺たちは眠りにつくまで軽口をたたきながら過ごしたのだった。