クリス
ティオはまだまだ起きる様子はない。泣き続けたことによる疲れと、精神的なダメージのせいだろう。
この間に、何があったのか王都の人間に聞き込みをすることにした。
そして何人かに聞いてみて、やっと状況がわかった。
話をまとめると、こうだ。
3日ほど前、王から直々にお達しがあった。
グレン帝国から、さらわれた第三王女クリスティーナ・マテリアの遺体が送られてきた。マテリア王国を挑発するような書簡とともに。
許されざる行為だ。追悼式後、ただちに全面戦争の準備に入る。
大変なことになっていた。
まさか、こんなことになるなんて。
パレード襲撃事件で、俺が足手まといになっていなければ…いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
ティオに、このことを伝えなければならない。
宿に戻り部屋に入ると、ティオは上半身を起こして空を眺めていた。
「起きてたのか。はい、飲み物持ってきた」
「うん。つい今さっき。…ココア、ありがと」
俺はベッドのそばの木製のイスに腰掛け、ココアを飲む彼女を見つめる。
憔悴しているのは変わらないが、仮眠をとったおかげか顔色はいくぶんマシになったようだ。
「ねえ」
「あの」
同時に話し始めてお互いに止まる。
「ティオから先に」
「いや、私のはそんなに大切な話じゃないから」
「それでも、今はティオが先に話してほしい」
「…わかったわ。そんなに長い話じゃない。ただ、ソーマに知っておいて欲しかっただけ。あの子、クリスがどんな人間だったのかを」
目を閉じ、しばらくしてゆったりと話し始める。
「私が父様、マテリア王と折り合いが悪かった、っていうのは以前話したわね。それに加えて親戚、王族たちとも関係が悪かったのよ。私はとにかくあいつらが嫌いだった。父様と同じで保身、自分の地位を守ること、身分が下の者を見下すばかり。でも、クリスだけは違った。貧しい村には自ら食料を持っていき、多くの村を飢餓から救った。そんなあの子を批判する王族も沢山いたけど、あの子はちっとも気にしなかった。税金も多額で身分制度を徹底しているせいで王族は嫌われていたけど、あの子の生誕祭だけは、国民も心から祝っていたと思うわ。強くて、優しい子だった」
そう語るティオの表情は慈愛に満ちていた。本当に、妹さんのことが好きだったんだな。
「あの子がいなくなったのは国にとって大きな損失だわ。…それだけに、あのパレードの時、助けられなかったのが…あの時、差し違えてでも」
「それじゃあ妹さんが救われないよ。それに、あの2人相手じゃ、戦力的にどうやっても勝てなかった。撤退したっていう判断はむしろ一番正しい、と思う」
「でも! …もう、今更何を言っても遅いわね。なんで、なんであの子が殺されなくちゃならなかったの…グレン皇帝は、何がしたかったのよ…こんなことになるなら、もっとクリスといろんなこと話して、一緒の時間を過ごして、それで、それで…」
言葉が消えていき、代わりにすすり泣く声が聞こえる。
俺はそんなティオの背中をさすることしかできなかった。
カメリアの話をしたときティオが抱きしめてくれたように、今度は俺がそばにいて少しでも安心させてあげないと。
気の利いた言葉をかけてあげられないのがもどかしかった。