夢
『んう…ふあああ』
ここは…森の中か。
こっちの世界に来てから色々な森や草原を渡ってきたが…この森は、もしかして。
直感のまま走り、たどり着いたのは、あの村の入り口。
『あれは…!』
遠目に見えるのは村の子供たちと楽しそうに遊んでいるカメリアとリリーの姿。
『カメリアー! リリー!』
嬉しくて涙がにじむ。もう1度会えるなんて!
俺はたまらず走り始めた。
けれど、走っても走っても入り口から先に進むことができない。
なんで向こうに行けないんだよ! 早く会って、抱きしめて、また遊びたいのに!
『ま~た会ったねー子猫ちゃーん』
背筋がぞわりと総毛立つ。地獄の底から聞こえてきているかのような、あの声。
『よくも俺っちを殺してくれたね。すーごっく痛かったよぉ。お返しにキミの大事なもの、奪ってくね! 文句は言えないでしょ? キミも俺と同じ人殺しなんだから』
『違う! お前なんかと一緒にするな!』
『同じだよ。なーんにも変わらない。じゃ、あいつら殺してくるね。俺ちゃん殺すの大好きだから!』
嫌だ。イヤだ。
「やめろ、やめてくれぇぇぇぇえええええ!」
自分の叫び声で目を覚ます。
夢、か。
身体は寝汗でびっちょりで、瞳には涙がたまっていた。
リーサが言っていた通りだ
俺はまだ、あの悪夢から抜け出せていない。
バカだよなあ。考えてみれば、会えるわけなんかないのに。
でも、夢の中のカメリアやリリー、村の人たちの姿はやけに鮮明で。再会できたような、そんな気がしてしまう。
荒い息づかいを整えながら、目元をぬぐう。
「ソーマ、だいじょうぶ? すごく、うなされてた。この世の終わりみたいな声で、泣いてた」
ティオは心配そうにこちらをのぞき込んでくる。
「起こしちゃったか。ごめんな」
時刻は、夜中の3時。深夜と呼べる時間だ。
「ううん、謝ることなんてない。…もしよかったら、聞かせて。私と離れていた間に、何があったのかを」
「…わかった。話すよ」
長くなりそうなためコーヒーを淹れてから、俺たちはイスに座った。
何から話そうか。
やっぱり最初は、ユキトと出会った時の話かな。
洞穴をでたあたりまで話したところで、ティオ様からご指摘が入る。
「それは、見ず知らずのかわいーい女の子と一夜をあかしたってことかしら?」
「それは、まあそうなんだけど」
「へ、へぇ~」
「なんか目が怖いんだが」
「そんなことないわよー。ただ、私というものがいながら、相棒が他の女の子に粗相を働かなかったか気になっただけよー」
うっわ、わざとらしく語尾なんか伸ばして。偶然ユキトの裸を目撃しました、なんて口が裂けても言えないな。
「なにもしてないって! 故意的には!」
「故意的には? じゃあ偶然何かした、ってことかしら? ん?」
「いやいやいや! もうそれはいいから! それでユキトは、実はグレン王国の元王女だったんだ」
「なんですって? 元王女…聞いたことがあるわ。王女にも関わらずグレン王国の中でもトップクラスの竜契約者で、数々の戦争で武勲をあげたとか…」
ふう、なんとかごまかせたぞ。
ユキトってそんなすごいやつだったのか。タダ者ではないとは思っていたが、そんな噂が流れるほどとは。
「元王女と知り合うとか、ソーマは何かもってるのかもしれないわね。そういうのを引き寄せる運、みたいな」
あなたがそれを言いますかティオさんや。
でも、考えてみると確かにすごい確率だ。こっちの世界からしたら俺は異世界人だからかな。関係ないか。
話を戻し、次はカメリアとリリーを魔獣から助け、村で過ごし始めたところまで説明した。
ここでもまたティオ様からご指摘が入る。
「つまり、元王女でとっても美人な女の子と、1つ屋根の下で暮らし始めたと。そういうことでいいわね?」
「うん、まあ貸屋が1戸しかなかったから仕方なく」
「ふ、ふぅ~ん」
「なんかコップからミシミシッて変な音が出てるんだが」
「なるほどねー。一緒の家で、一緒に寝てたってことかー」
「いや、一緒に寝てたとは言ってないだろ」
「寝てないの? ベッド1つしかないんでしょ? お互いケガ人なんだし」
「そ、それは…そうなんだけど…」
「で、私にしたみたいに、寝起きに偶然むむむむ胸を触ったんでしょ!?」
「いや、そんなことは!」
ティオのより断然大きかったなんて言えない。いやティオも小さくはないんだけどね! むしろ大きめな方だと思うけどね!
バキン。
あ、ティオの持ってたコップの取っ手が取れちゃった。
「そそそそそれはよよよよよかったわねぇ。わ、私より大きいむむむむ胸が触れて。さぞかし嬉しかったんでしょうねぇ」
あー声にでちゃってたかーあははー。
最後まで話せるかな、俺。その前にダウンしそうな気がしてならない。
その後ユキトと一緒に勉強を教えたり料理教室を開いたりしたことを話した。
そして、ついにあの日の出来事の話へ。
「それで、村を出る前日、念には念を入れて魔獣を狩り尽くそうと、普段は交代制だったのにその日だけ2人一緒に捜索したんだ…そのせいで…その、せいで」
動悸が激しくなり、言葉に詰まる。
言え。早く。一番大事な部分だろ。
助けられなかった、救えなかった、俺の罪を、話せ。
「ソーマ……」
いつの間にか俺の後ろに移動していたティオが、後ろから抱きしめてくれる。
「うなされてた夢の内容と関係している話、しようとしてるでしょ。無理はしないで。自然に話せるようになった時、話したくなった時でいいから」
そんなに優しい言葉、かけるなよ。
こんなにも弱い俺が、ますます弱くなっちまうだろうが。
そのまま10分間ほど経ち、やっと落ち着いた。人の体温というものは、こんなにも安心するものなのか。
さっきは話そうとした時、広場での出来事が脳裏にフラッシュバックして動悸が激しくなってしまったが、もう大丈夫そうだ。
ティオに抱きしめられたまま、続きを話す。
村がカイルに襲われたこと。
カメリアの最期を見届けたこと。
その際、想いを託されたこと。
カイルと戦い、勝利したこと。
カメリアの遺体を埋葬したこと。
遺された形見を持ってユキトと別れたこと。
全部、話せた。
ティオはその間、黙って聞いてくれていた。
「これが、ティオと別れていた間の出来事の全てだ。情けない話だろ。結局、村の誰1人、救えな、かった、んだか、ら」
前を向いて歩いていくと、決めたのに。
夢の中で散々泣いた、はずなのに。
いざこの話をしたら、このザマだ。
こんなことじゃカメリアに顔向けできないな。
「…そんなことない。あなたたちがいなくてもカイルは村を襲ったでしょう。でも、ソーマやユキトがいたから、そのカメリアって子の想いを受け取ることができた。それに、カイルをあのまま生かしておけばもっと多くの人が殺されていたはず。間接的に他の町や村の人々を救ったのよ。誇っていいことだわ」
「……誇れないよ」
「なら、いつか、誇れるようになれるといいわね。気負いすぎも禁物よ。カメリアって子もソーマの負担になりたくてそんなこと言った訳じゃ、ないと思う。自分なりに、少しでも、受け取ったもの実現できればそれでいいのよ。それで、亡くなっていった人も報われるはず。私は、そう思いたい」
ティオの言葉がストンと胸の中に落ちる。
心が少し、軽くなる。
「ありがとう、ティオ。ちょっとだけ、楽になったよ」
「本当、世話の焼ける相棒なんだから。…よく、頑張ったわね。ソーマは頑張った。あのグレン帝国の中でトップクラスの実力者であるカイルを倒したんだもの。強くなった。以前とは比べものにならないほど、強く」
そんなこと言われると、また泣きそうになる。
ティオの横にはまだ追いつけないけど。
以前は全く見えなかった背中が見えるくらいのところまでは、来れたのかな。
ふと外を見ると、あんなに暗かった空が明るくなり始めていた。
沢山話し、沢山泣いたためまた睡魔が襲ってくる。
ベッドに移動した俺たちは2度目の眠りにつく。
カメリアとリリーが満面の笑みを浮かべながら手招きをしてくる。陽気な笑い声が聞こえてくる。ローリエさんが作るシチューの美味しそうなにおいが鼻をくすぐる。
そこにはユキトと、なぜかティオもいた。
俺はみんながいるそこに向かって走り出す。
そんな、夢を見た。