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蒼銀の竜契約者  作者: 深田風介
蒼緋
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ティオの涙

「あ、ソーマはここで待ってて。手続きしてくるから」

「? お。おう。ありがとな」


 ティオはなぜか宿の入り口に俺を待たせ、受付けの方へ歩いて行った。


「…1人部屋……します」

「よろしいん……お連れ様……」

「……丈夫です……」

「……ました」


 手続きを終えたティオが手招きしていたので、そちらの方へ向かう。

 見たところ、ここは前に俺たちが泊まっていたところよりも良い宿のようだ。


「さ、部屋へ向かいましょう。あ、あとね、なんかまた空き部屋がほとんどない状態らしくて1人部屋しか取れなかったわ」

「え? そんなに人いないような」

「! た、建物の修理で王都から沢山の職人さんたちが来てるからよっ! 細かいこと気にしてないでさっさと行くわよ!」

「う、うん」


 やけに焦っているように見えるのは気のせいだろうか。

 まあいいか。2人で1人部屋使うのはもう慣れてるしな。ハプニングだけには気を付けよう、うん。


 1人部屋にしてはやや大きめな部屋に到着した俺たちは各々荷物を置く。


「ソーマ、その外套どうしたの? なかなか良い物のようだけど」

「ああ、ちょっとな。また明日話すよ」

「? まあいいわ。先にシャワー使わせてもらうわね」

「はいよー」


 外套を壁にかけつつ返事をする。

 そのまましばらく外套を見つめながら物思いに耽る。


 形に残るものがあってよかったと、今になって思う。


 俺はあの村での出来事を忘れるつもりはない。忘れられるはずもない。


 だけど、どうしようもなく記憶は風化していく。どんなに美しい記憶でも、何年、何十年後にはほんの一部しか思い出せなくなる。


 そんな時に、こぼれ落ちた記憶をつなぎ止めてくれるのが、その記憶に関連したモノ。


 例えば、この外套。みんなで演奏した陽気な音楽。美味しそうなシチューのにおい。


 その1つ1つがきっかけになって、情景が思い起こされる。脳裏に蘇る。


 外套に触れ、感傷に浸っていた俺を現実に引き戻したのが、ティオがシャワールームから出てきた音だった。


「ふ~、やっぱり1日の最後に浴びるシャワーは格別ね~」


 おいおい、何オッサン臭いこと言ってんんん!?

 いつもは寝間着ネグリジュで出てくるティオが、今日はなんと薄いバスタオル1枚のみという大変けしからん格好で現れた。


「ティ、ティオさん!? そ、その格好は!?」

「ん? なによ、私の格好がどうしたって…!」


 やっと自分の今の姿に気付いたようだ。

 驚きすぎてタオルを押さえていた手が離れる。


「き、きゃああああああ!」


 バスタオルは思ったより長めで、落ちている時は大事なところをしっかりと隠していた。ちょっと残念だけど、ばっちり見たら俺の命が危ないから、よかったといえばよかったのかもしれない。


 悲鳴をあげながら落ちたタオルを拾おうとしたティオさんは、そのタオルを踏んづけてこちらに倒れ込んできた。

 その間俺はテンパっていて動かずにいたため、なすすべもなく押し倒されてしまう。


「いたたた…」


 うう、後頭部を打ち付けてしまった。まあティオを守れたからいいかな。

 しかしさっきから薄布1枚を隔てた場所にティオの柔らかい身体ががががが!

 頭を起こすと顔を真っ赤にしたティオがプルプル震えているのが見えた。ついでに谷間も。


「……ふふふふふ」

「ティ、ティオさんや。今回は俺に落ち度はないと思うんだけど、どうだろうか?」

「ふふふふ、あーはっはっは!」

「ティオがおかしくなっちゃった!?」

「今見たこと全部忘れなさーーーーい!」


 結局、こうなっちゃうよね!


 その後、無事シャワーを浴びた俺は、落ち着きを取り戻したティオとトランプで遊んでいた。


 ちなみになぜさっきはバスタオル1枚で出てきたのかというと、音波と一緒に過ごしていた時の癖が抜けてなかったからなんだそうだ。 


「ちょ、あんた速すぎ!」

「はっはっはー、付いてこれまい!」


 2人でやる時の定番、スピードで盛り上がる。

 一通り遊んだ俺たちは、背中合わせになるようベッドに横たわった。

 2人で寝るのも久しぶりだな。離れていたせいかドキドキする。

 向こうもなかなか寝付けないようで、部屋にはお互いの規則的な息づかいが聞こえるのみ。


 そろそろ本格的に寝ないとマズいなと思い頭の中で羊を数え始めたころ、ティオが寝返りをうち、俺の背中にぴとっとくっついてきた。


「……!」


 こ、今度は背中に胸の感触が!

 声も出せずテンパっていた俺を正気に戻したのは、微かに聞こえてくるティオの嗚咽。


 もしかして、泣いてるのか?


 背中に人肌ではない、じんわりとした温もりが広がった瞬間、疑惑が確信に変わった。


「ソーマ、本当に、本当に心配したのよ」


 背中にしがみつきながら顔全体を押しつけているのか、くぐもった声で言う。

 まただ。何度目だろう。また俺のせいで、ティオを泣かせてしまった。

 

「また大事な人が私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって……守るって言ったのに、守れなかった……もう一生、会えないかと、思った……!」


 大事な人って、この場合俺のこと、だよな。そんな風に思っててくれたのか…。


「でも、無事に帰って来てくれて、ありがとう……ソーマの姿を見たとき、すごく嬉しかったんだから……相棒らしく、これからは、私のそばを、離れない…よう…に…すう、すう」


 振り向いて抱きしめたい衝動に駆られたが、そうはせず、ただ黙ってティオの言葉を聞く。

 どうやらそのまま寝てしまったようだ。


 背中にティオの体温を感じながら、俺は決意を新たにする。


 俺は、強くなった。竜人化できるほどに。


 でも、まだ足りない。


 ティオを守れるように、もっと多くの人を、守れるように。


 強く、なる。

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