夜霧
「よし、これからのことも決まったことだし、そろそろティオと音波が知り合った経緯を教えてくれないか」
俺の話は今じゃなくてもいい。長くなるだろうし、明るい話でもないしな。
2人の話を聞いた後に、ティオの兄、アレクさんが父親を暗殺しようとした理由、音波の所属している組織についての話をしよう。
「そうね、その話もしないとね。ギルとカイルに襲われて、逃げた先が深い森の中だったの。私のことは諦めてグレン帝国に帰ったんだろうけど油断はできないから、ケガを治しながら身を潜めてて」
なんか俺のと似てるな。この後、同じくケガをした音波と出会ったのならドンピシャなんだけど。
「それで、食料確保のために森の中を歩き回ってたら、この子が現れたのよ。戦闘中に逃げてたときに偶然私を見つけたらしくて、もうすぐ追ってが来る、協力して欲しいって言われて」
「協力したのか? そんな怪しいやつに?」
その状況だったらまずは罠なのかと疑うべきだろう。
黙って話を聞いていた音波だったが、この時ばかりは口出しせずにはいられなかったようだ。
「怪しくない。いたってマトモ」
「いや怪しいだろ。そんな格好で」
今は上着を脱いでいて、その暗殺者のような黒ピッチリ服が露わになっている。
元いた世界の服装を見慣れているためコスプレにしか見えない。
体のラインもくっきり見えていて非常にエロ…いやいやいや、音波は妹。妹なんだ。そんな邪な感情を抱いてはいけない!
「妹じゃない。幼なじみ。何回言わせるの。あとソーマの私を見る目、妹に向けるものではない。嬉しい」
し、しまった、バレていたか! てかまた思考読まれてるし。さすがは長い付き合いなだけはあるな。
「…ソーマ? どんな目で、何を考えて、音波を見ていたのかしらねぇ…」
ひい! あ、暗黒オーラが、ティオさんから立ち昇っている!?
「べ、別に何も思っちゃいないし変な目でも見てない!」
ティオの剣術の時の練習着も似たようなものだし、そろそろ耐性を付けないと危ない。俺の身が。
「そ、そんなことはいいから、話の続き聞かせてくれよ。結局協力したんだよな? で、そこから今こうやって一緒にいると」
危険を回避すべく、脱線しかけた話を戻す。
ティオはそんな俺をジト目でみつめつつ、それ以上追求はせずに答えてくれた。
「まあ概ねその通りね。でもその時は状況も分からないしすぐに協力するつもりはなかったの。でも、「私は楓ソーマの幼なじみ。家族同然。協力すべき」なんて言われたから、協力することにしたわ」
「音波お前…まあ間違っちゃいないけど」
「そう、間違いではない。将来結婚して本当の家族になるし」
「それはない。あくまで妹分としてだ」
「なぜ!?」
音波と話すとコントしてるみたいになるな。ティオさんの目が冷ややかなので端から見れば面白くもなんともないんだろうけど。
「でも、よく信じたな。嘘を言っている可能性は考えなかったのか?」
「そもそもあんたのことを知ってる人間なんてほとんどいないし…証拠として幼い頃のエピソードを聞かされて、ああ、確かにソーマならそんなことしそうだな、って思って」
ティオはそう言った後、思い出し笑いをし始めた。
「おい音波何を話しやがった!」
「秘密。怒るから言わない」
「吐け、何を話したのか洗いざらい吐けええぇぇぇえええ!」
まーた話が脱線した。
俺たちの言い合いも、ティオの思い出し笑いも落ち着き、(結局何を言ったのかわからなかった。いつか必ず聞き出す。その後弁解する)音波がティオの後を継いで話す。
「ソーマには私の所属している組織について詳しいことは話してなかったよね。前にも言ったけど、組織『夜霧』は、秘密裏に世界の均衡を保つことを目標としている。両親が夜霧の幹部だったから、私も小さい頃から構成員になるべく訓練を受けていた」
マジかよ。あの優しそうな音波の両親が、そんなとんでもない組織の幹部だなんて。言われてみれば、ときたま同じ人間とは思えない表情をすることがあった、かもしれない。
「その夜霧は数年前、真っ二つになった。簡単に言うと、保守派と急進派に。そこからお互いの潰し合いが始まった。急進派は世界の均衡より戦い自体が好きなような人間ばかりで構成されていて、傭兵みたいなこともやっていた。私は偶然、任務途中の急進派の人間「交差する刃」に出会った」
なるほど。音波は保守派で、敵となった急進派の人間との戦闘中にティオに出会ったわけか。
「私たち保守派は滅多なことがないかぎり人を殺したりはしない。けど急進派は何人も何人も殺した。クロス・エッジはその中でも特に多くの人間を暗殺してきたやつで、身内の恥そそぐためにも、見つけ次第抹殺するように言われていた。向こうも私を発見してすぐ襲ってきたから、そのまま戦闘に。でも、あいつは相当な手練れで、ティオに協力してもらわなかったら負けてたかもしれない」
今の話で、不安の1つが解消された。
おそらくリーサを殺したのはその急進派の人間だ。音波は保守派。非人道的な組織にいるわけじゃなかった。
そこまで話したところで、今度はティオが話し始めた。
「で、協力してそいつを撃退して、その後音波と色々話して、町の復興活動を手伝いつつ一緒にソーマを待つことになった、というわけ。音波にその夜霧とかいうのはソーマを探さないの? って聞いたんだけど、急進派との争いでそんな余裕は無いって言われて。どこに行ったのかもわからないし、生きてるって信じて待つしかなかったのよ」
撃退したってことは、殺しきれなかったのか。
音波も大変なことになってたんだな。お互い生きて再会できてよかった。
「待っててくれてありがとうな。ティオもすぐにでも妹さんを探しに行きたかったんだろうに」
俺が気になってたのはそこだ。クリスがさらわれてからもう10日は経過している。
「それが、町に戻った後、出入りが禁止されて動けなかったのよ。グレン帝国のスパイを探すとかなんとかで。力ずくで脱出するのも考えたけど、騒ぎを起こしたらお父様との話し合いで不利になるかもしれなかったから、どちらにせよ待つしかなかったのよ。あの草原にいたのは、今日やっと封鎖が解かれたから」
タイミング的にはちょうどよかったのか。急いでよかった。
あ、そういえば。
俺はあることを思い出して、音波の方を向く。
「今普通にティオと話してるけど、お前の存在は知られちゃいけなかったんじゃなかったっけ」
そう聞くと音波はバツが悪そうにぼそぼそ答えた。
「あの時はなりふりかまっていられなかった。協力してもらったからには事情を話さないわけにもいかなかったし…両親に報告したら、めちゃめちゃ怒られた。急進派との争いが激化してなかったら何かしらの罰が与えられていたはず」
恐怖で顔が青くなっている。そんなに罰とやらは恐ろしいのか…。
とにかく、これで2人の事情は大体把握できた。
今度は、俺がティオにお兄さんのことを話さなきゃならない。