三章 始
ユキトと別れた俺は、村人からもらった地図を頼りにティオとの合流地点に向かう。
強化魔法を使用し脚力を底上げしても目的地まで3日はかかりそうだ。
国境付近には小さな村がごくたまに存在するだけで、残りはすべて草原や山、谷、森だ。
夜は野宿に確定だなこりゃ。
村を出て2日目の夜。
大きな木の上に、これまた大きな葉を用いて簡易的な寝床を作る。
外套にくるまり、満月になりきれていない不完全な円の月を眺める。
あったかいよ、カメリア、リリー、ローリエさん。おかげで寒さをしのげるよ。
感傷的になっていたところに、珍しくリーサが声をかけてきた。
『ソーマ、大丈夫?』
「うお、リーサか。久しぶりだな。大丈夫って何がだよ? 俺は別に何とも」
『大丈、夫?』
「…ははっ、そんなに大丈夫そうに見えないか」
『ええ。ひどい顔、してるもの。それでも昨日よりかは幾分マシだけれど。知ってる? 夜中うなされてること。それも長い時間』
「夢、見たから。最初はみんな笑顔なんだ。でも、カイルの高笑いが聞こえた瞬間、苦しそうな表情をして1人、また1人と死んでいく。気付けばその場にいるのは俺だけになっていた。そんな夢だ」
いつもは夢などすぐに忘れてしまうが、この夢は丸1日たった今も鮮明に覚えている。
『…そう。ねえソーマ、私が以前した話、覚えてる?』
「もちろんだ」
忘れられるはずもない。身分違いの危険な、けれど幸せに満ちた話。前回は大事な部分を聞きそびれてしまった。
そうして今その話をするのかわからないが、まあいつもの気まぐれだろう。
『じゃあ続きを聞かせてあげる。そんなに身構えなくていいわよ。ただの昔話だから』
身構えるに決まってんだろ。だって、おそらく話の続きはリーサの死に際に関することだから。
俺は無言で先を促す。
『えーと、確か私とあの人が超絶ラブラブだったってとこまで話したっけ』
相変わらずのおふざけ口調である。
『それでね、あの人の誕生日の前の日にいち早くプレゼントを渡そうといつもの場所で待ってたの。ほら、この剣があった場所』
くっきりと覚えている。森の中にポツンと存在していた、聖域みたいな場所。ギルとはじめて会った場所でもある。
『でね、あの人が来る前に暗殺者みたいな人に殺されちゃった』
言葉はあっさりとしているが、声に抑揚がなくなっている。
暗殺者…2人の仲を快く思わなかった貴族の差し金だろうか。
身分制なんてものがあるから生まれた悲劇。
愛する者同士がその出自ゆえ結ばれない。こっちの世界では珍しくもないことなのかもしれないが、殺されるなんて…やりすぎだと思うのは俺だけなのか。
『なんで今こんな話をしたかっていうとね。うーん、上手く伝えられるか分からないけれど…あなたは生きている。生きていれば故人を想うことができる。故人のために何かできないかと考えることができる』
故人を想うことができるのは生者だけ。そんな当たり前なことに気付かされた。死んでしまったら、何もできなくなる。
「ありがとう、話してくれて。俺、何があっても生きるよ。死んでいったみんなのためにも。カメリアとの約束を守るためにも」
『考えすぎ、背負いすぎも良くないけどね。死者に縛られすぎても疲れるだけだし、あっちも報われない。たまに思い出してあげるのが一番の供養なのかもしれないわね』
「リーサはすごいな。普段は頭カラッポみたいなしゃべり方をしてるのに考えてることはしっかりしててハッとさせられる」
『褒められてるのかバカにされてるのかいまいちわからないわね…あ、大事なこと言うの忘れてた。2つくらい』
「2つ?」
『うん。1つは、私を殺したやつの服装と首元にあったマークが、音波ちゃんのと同じものだったこと』
なんだって? じゃあ貴族の依頼を受けて暗殺を請け負った人間と同じ組織に音波は所属している…? そんな、そんなことって。それじゃあ音波はその暗殺者と同じようなことをしているかもしれないってことじゃないか。
今すぐ音波に話を聞きたい衝動にかられるが、どこにいるのか検討もつかない。
思いもよらない情報に愕然としていた俺に、リーサがさらなる衝撃を与える。
『2つ目はね、私が愛したあの人の名前。まだ言ってなかったわよね。…アレク。アレク・マテリアっていう名前なの』
「え…?」
ちょっと待て。ということは、リーサの恋人だった人が、ティオの探しているお兄さんだってこと?
『あの人は、今でも私に縛られたままなのかしらね……』
混乱を極めた俺の頭に、リーサが最後に発した言葉は届かなかった。