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託された想いと、別れの時

 翌日。


 俺たちは村を後にする前に、貸屋にて荷物の整理をしていた。


 破壊されていない家屋は案外多く、はじめてここを訪れる人間は人の声がしないことに違和感を覚えることだろう。

 事情を知っている俺とユキトは、寂しさを感じるだけだ。今にも、ひょこっと村人が顔を出してきそうで。


 整理と言っても持ち物などほとんどなく、あっと言う間に終わってしまう。

 なんとなく俺たちはベッドに腰掛け、おしゃべりをはじめる。

 きっとお互いわかっているんだ。別れの時が刻一刻と近づいてきているということに。気持ちの整理をつける時間が必要だということに。


「ユキト、あのとき後で話す、って言ってたこと、話してくれないか」


 カイルが明かした、ユキトの苗字。


「すまない、隠すつもりはなかったんだが…。改めて自己紹介をする。私の名前はユキト・グレン。亡きグレン国王の実の娘だ」

「だからユキトは国を取り戻そうと革命軍に入ってるんだな」

「そうだ。私は父を尊敬していたし、後を継いでグレン王国をよりよい国にしたいと思っていた。自ら国を守れるようになるため軍に入り、王位を継いだ際に国民に愛される為政者になるため勉学にも打ち込んだ。なのに、なのに…!」

「たった1人でグレン王国を乗っ取ったっていう皇帝、か」

「やつは私からすべてを奪っていった。圧倒的だったよ。やつに従わなかった人々は皆殺しにされ、気づけばやつの帝国の出来上がりだ。しかも、たった1日で、だ」


 マテリア王国にいたころは、全部流れてきた情報で噂にすぎなかった。だがユキトの言葉は噂などではなく真実だ。たった1日で国を乗っ取ったなど信じられなかったが、本当だったなんて。


「私はなんとか逃げ延びた。父の、おかげだ。同じく脱出に成功した同志たちと国を取り戻そうとしたが、失敗した。そして君に助けられたというわけさ」


 以前にも聞いた話だが、ユキトがグレン国王の娘ということがわかった今、その重さが違う。


「私は父の仇を取り、必ずやグレン王国を取り戻す。もうこんな悲劇、起こさせやしない」


 強いな、ユキトは。やるべきことがわかっていて、そのことに向かってひたむきに努力している。

 俺はといえば、どうすればカメリアとの約束を守れるのか、明確な答えを得ていない。


 多くの人を助ける。


 カメリアの夢は、どんな形をしているのだろう。どんな色をしているのだろう。

 カメリアが俺に望んだことは、何だったのだろう。

 これもまた、考え続けなければいけないことだ。


 その後もユキトと、

「ユキトって髪短めだよね。やっぱり動くのに邪魔だから?」

「無論だ。戦闘訓練にせよ読書にせよ髪が長いと気になってしまう。父には怒られたな。王女らしくしろ、女らしくしろと」

「昔は長かったんだ?」

「うむ。ある日突然ばっさり切った時は大変だった。わざわざパーティ用のドレスを短い髪に似合うよう仕立て直したりしてな」

「やっぱり王女様なだけあってパーティとか参加するんだな。ところで、会場で男の視線気にならなかった?」

「む? まあ視線が集中していたことには気づいていたが。それは私が王の娘という立場だからだろう?」

「いや、多分それだけじゃないぞ。ユキト、そのドレスって胸元が大きく開いてただろ?」

「まあ、それは…はっ、まさか!?」

「いいなあ。俺も見たかったなぁ。さぞかしエロかったことだろうなあ」

「わああああそうだったのかあああ!」

「まあユキトはとんでもなく美人だから胸とかはあんまり関係ないかもしれないけどね」

「…はあ、君というやつは全く。…そ、そんなに見たいならまた今度見せてやらんでも…」

「ほんとか!? うわー楽しみだわーきわどいやつでお願いね!」

「や、やっぱりやめた!」

「えー」

 なんてたわいもない話をした。


 話すこともなくなった頃、ついにユキトが言う。


「そろそろ、行こうか」

「…ああ」


 軽く身支度を整え、数日間住んだこの貸屋を出る。


 結局借りたままになってしまった。お礼も、言えなかった。


「そうだ、最後にカメリアたちの家に寄っていかないか」


 俺はほぼ無意識にそう言っていた。言ってから、少し後悔する。だって、きっと悲しくなるだけだから。


「実は私もそう提案しようと思っていた」


 そっか。ユキトもそう思っていたのか。


 カメリア、リリー、ローリエさん、そして昔、村を守った偉大な戦士の家は、陽を浴びてぼんやりと光っているように見えた。

 見慣れたその外観に懐かしさがこみ上げてくる。懐かしくなるほど時間がたったわけでもないのに。


 ドアを開けたら、カメリアとリリーが飛び出してきて、奥ではローリエさんが美味しいご飯を作っている…そんな光景が目に浮かぶ。


 俺もユキトも何かを噛みしめるようにドアの前に立ち尽くす。数秒後、偶然にも2人同時にドアノブに手をかけ、開ける。


 中も、そのまま残っていた。


 玄関を入ってすぐのところにリビングがあるのだが、そこのテーブルの上に何かがあるのを発見した。

 俺たちは急ぎ足で確認しにいき、目を見張る。

 そこにあったのは、俺たち宛ての手紙と、プレゼント。村を出るときに渡す予定だったのだろう。


『ソーマにいちゃん、ユキトねえちゃんへ

 助けてくれてありがとね! 今の僕たち・私たちがいるのは2人のおかげだよ! またこの村に来て一緒に遊んでね。絶対だよ!

 カメリアとリリーより』


 熱い涙が頬をつたい、ぽたぽたと、手紙に落ちる。


 また泣いちゃったよ、カメリア、リリー。お前たちのせいだぞ。責任とってくれよ。


 また、一緒に、遊ばせてくれよ。


 家を後にした俺たちは、村の広場に向かう。なぜならマテリア王国とグレン帝国の方角は真逆だからだ。

 広場に到着したちょうど時、空から突然バサバサと羽ばたき音が降ってきた。

 見上げると、今まで見たことのない大きさの竜が、高度を落としながらこちらに向かってくる。


「グラン! グランじゃないか!」


 剣を構えて戦闘態勢に入っていた俺をよそにユキトが嬉しそうな声を上げる。その反応でわかった。おそらくこの竜は…。


「ソーマ、この竜は私の契約竜のグランだ。まったく、無事なら連絡ぐらいしろと…いきなり来て驚かそうとしたんだな、もう!」


 大きな竜だ。それにとってもいかつい。トゲトゲしてて強そう。色も赤と黒のツートンカラーで、まさにグレン王国! な竜だ。

 ティオの時も思ったが、契約竜と話し、触れあっているのが本当に羨ましい。1人と1頭はまるで親友といる時のような雰囲気だ。

 俺の契約竜、シルバは話し方こそお堅かったが、もっと話したらきっと色々な面が見えるはずだ。ああいうタイプに限って実は抜けてたり天然だったりするんだよなぁ(偏見)。


 ユキトはグランを待機させ、俺と向き合う。


 別れの時だ。


 ユキトと過ごした時間は1週間にも満たない。けれど、これ以上なく濃密だった。


 いつか、また会いたい。ユキトは戦友で、お互いを応援し合う仲間で、この村での記憶を共有する友達だから。ユキトが俺のことをどう思っているのかはわからないけど、少なくとも俺はそう思ってる。


「ユキト、世話になったな。一緒に過ごして、楽しかったよ」


 あえて俺はここで『楽しかった』なんて言葉を使った。ユキトとの掛け合いも、カメリアたちとの時間も、紛れもなく楽しかった。楽しかったんだ。


「私もだ。君に会えて良かったと、心からそう思う」

「ティオのお兄さんが見つかったら、俺もユキトを手伝い行くよ。この村のことだって、元を辿れば皇帝のせいだからな」

「君が来てくれるならそれほど心強いことはない。その時はよろしく頼む」

「ああ、任せとけ。もっともっと強くなって駆けつけるから」

「ふふふ、期待してるぞ」


 もうお互いに貸屋で話すべきことは話した。そろそろ、行かなきゃな。あ、その前に。


「その髪飾り、似合ってるよ」

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。君のその外套(がいとう)もよく似合っている」

「なんか照れくさいな」


 カメリアとリリーからのプレゼント。俺たちはそれに優しく触れながら褒め合う。


「さ、では行くとするか」

「うん、日が落ちる前に移動しないとな」

「いつか、また会う日まで」

「おう!」


 握手をし、お互いに背を向け歩き始める。


「ソーマ!」

「どうした?」


 別れたばかりなのにどうしたのだろう。

 不思議に思い振り返った瞬間、ユキトの顔が目の前に迫り、その桜色の唇がほっぺたに触れる。


「んなっ!?」

「た、助けてもらった礼だ! ありがたく受け取れバーカバーカ! 今度こそお別れだ! 再会の時を楽しみにしてるぞ!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、逃げるように竜の元へ走り、飛び立つ。


 ユキトのやつ、最後の最後になんてことを…!


「ユキトーーーー! 次会ったとき絶対仕返ししてやるからなーーーー!」


 竜の背に乗って飛び去るユキトは、手を振るだけだった。


 完全に不意打ちだった。くそ、こっちも顔が火照ってきたじゃねえか!


 ざわついた気持ちを落ち着かせてから、村の出口へ向かう。


 しばらくの間、お別れだ、みんな。また会いに来るから。


 後ろばかりを振り返ってはいられない。折り合いをつけていかなければならない。


 死んでいった人のためにも、自分自身のためにも、前を向いて歩いていかなければならない。


 きっと、そんなすぐに前向きにはなれない。度々立ち止まって、振り返って、後悔して、悲しくなる。


 その時は、背中を押してくれるかな、カメリア。


 俺は外套をぎゅっと握りしめ、顔を上げて、歩き始めた。

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