命のやり取りは刹那の中に
詠唱が終わった瞬間、自分の体が劇的に変化したことがわかった。
脳内麻薬が常時発生しているかのような高揚感。羽のように軽く感じる身体。そしてなにより、身体中を駆け巡る魔力。竜ほどではないらしいが、これが魔力を生成するという感覚なのか。
体感では、常に強化魔法がかけられているような。しかも普段より馴染んでいるような気がする。
同様に感覚器官もけた外れに強化されている。そのため、目で追うことのできなかったカイルの鎌が見えた。
それどころか、さっき普通に戦っていたときよりも若干遅く感じる?
俺は肩口からこちらを狙う鎌の軌道を読み、その軌道に直角になるよう真横から剣を叩きつけた。
衝撃で鎌は持ち主の手から離れ、天高く舞う。
「ちっくしょお遅かったか! くそが! まさか竜人化できたなんてな! ま、やることは変わんねえか!」
得物を失ったカイルは距離を取り、攻撃魔法の詠唱に入った。俺もあえて追うことはせず、同じように詠唱にする。
「顕現せよーー」
すごい。すごいぞ。魔力がすいすいと入ってくる。供給される。自分からたぐりよせるまでもなく次から次へと。
「ーー血塗れの追跡者ぁ!」
「ーー銀閃光!」
パレード襲撃事件の際、俺をメイルの背からたたき落とした魔法。不規則な動き、速さの赤黒い魔力の塊。
奇しくも俺が選んだ魔法もあの時カイルの右腕を吹き飛ばしたものと同じ。
違いは、あの時は竜人化していなくて、今はしているということだ。
通常ならば、俺の腕くらいの大きさの光の矢を1本出現させるのみ。
竜人化で格段に強化された魔法は、大きさこそ変わらないものの、その本数は30本にまで増えていた。
魔法と魔法が、激突する。
赤黒い塊は俺の矢を飲み込んでいくが、20本あたりで耐えきれなくなり、消滅した。
「なんなんだよお前はああぁぁぁああ!」
かわしきれなかった矢が、残った左腕、右肩、わき腹に突き刺さる。
勝てる。戦ってみて、そう確信した。
しかし最後まで気を抜くわけにはいかない。何せあいつは今まで何人もの人間を殺してきた死神なのだ。
「カイル、これで終わりだ!」
「はっ! 死んでたまるかよ! まだまだ殺し足りねえよ満たされねえよ!」
カイルは数多ある傷から血を流し、体をふらつかせながらも、狂気に彩られた瞳の輝きだけは失ってはいなかった。
おそらく、次の魔法で勝負が決まる。
「顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が元にーー」
「顕現せよ。契約に従い其の力を我が元にーー」
「ーー銀竜剣!」
「ーー黒鉄の束縛ぉ!」
俺がこの世界に来て、はじめて使えた魔法、銀竜剣。
魔宝剣より少し大きいくらいの、銀光で形成された宙を舞う剣。
日に日に1回の魔法で出現させられる本数が増え、現在は7本。本数が増えるほど制御が難しくなる厄介だが強力な攻撃魔法。
竜人化した今、その魔法は大きく変容していた。
1本1本は大太刀のごとく長大で、翼の形のように右背面に10本、左背面に10本展開している。
一方、あいつは2つの魔法陣から2本の黒い鎖を出現させてこちらに飛ばしてきた。
見える。どこを通り、何秒後に到達するのかさえ。
左背面の10本を使い、鎖を短く、短く斬り刻む。
右背面の10本は鎖を避け、本体であるカイルの元へ。
今の俺なら同時に20本を操ることさえ可能だ。
1撃。
「ぐわああああ! いったいだろうがあああ!」
2、3撃。
「がっ! ぐっ! 痛い痛い痛いよおおお!」
4、5、6撃。
「嫌だ嫌だ嫌だ死にたくないまだ死にたくないいいいい!」
7、8、9、10撃。
全身を貫かれたカイルは大きな血の塊を吐き、息も絶え絶えに最期の言葉を発する。
「…子猫ちゃん、いつの間にかライオンなっちゃって。…くそっ、俺が殺したかったなぁ…もっと、遊びた、かっ、た」
息絶えた死神の前に、天高く舞っていた大鎌が深々と突き刺さる。まるで、墓標のように。