死神
左手に大鎌を携えた、死神。
真っ黒な竜に乗って、やつが、カイルが現れた。
「…お前が、やったのか」
「また一段と強くなっちゃって。成長早すぎない? ま、その方が殺しがいがあっていいけど。それよりさあ、あのあと元王女ちゃんに逃げられちゃったのよ。一緒にいないのを見るにここにはいないようだね。残ねーん。ま、王女ちゃんは連れ帰れたからよかったんだけどね」
「…聞いてんだよ。お前がこれをやったのか」
「もう、さっきからなんなのさ。これって何?」
カイルは本当に何の話をしているのかわからないらしく、キョトンとしている。
「…この村の人たちを、皆殺しにしたことだ」
「なーんだ、そんなことか。うん、俺っちだよ。捜索のついでにちょちょっと。皇帝も好きにしていいって言ってくれたしね~。最近は人間を魔獣たちに食わせるのが楽しくて楽しくてたまらないんだよ。ここはアタリだったね! みーんな最後まであがき続けてて実に滑稽だったよ! あの苦しみと絶望に染まった顔、キミにも見せてあげたかったな~」
頭の中で、理性のネジが外れる音がした。
「カイルぅぅぅぅううううう!」
強化された肉体を限界まで使い、剣を構えてあいつの元へ弾丸のごとく飛び出す。
「せっかちだねえ。…俺ちゃんも、右腕斬り落とされてムカついてんだよ。そんなに死にたいなら殺してやる」
カイルは自分の契約竜に「お前は見張りをしていろ」と言い残し、俺を向かいうつべく竜から降り、鎌を構えた。俺の命を、刈り取るために。
上等だ。俺があいつにとっての死神になってやる。みんなの仇を討つ。必ず。
お互いの得物が、火花を散らして激しくぶつかり合う。
「なんで! なんでそんなに人を殺したがるんだ! なんで、罪もない人たちをこうも簡単に…!」
叫びながら、言葉を叩きつけながら剣を振るう。カイルは片腕しか使えないのにかかわらず俺の斬撃を上手く受け流している。
だが、前回よりははるかにマシになった。もうあしらわれるだけじゃない。
「おお、前会ったときとは剣術の型がちょっと違うような? で、人を殺すのが何だっけ? キミの言ってること、よくわからないんだよね。理解できない。俺っちにとって殺人は娯楽であり、愛情表現でもあるんだ。それに、殺せば殺すほどパパとママが褒めてくれるんだ!」
ダメだ。話しても意味はないし、理解することも、されることもないだろう。価値観が違いすぎる。こいつと相容れることはおそらく一生、ない。
「お前も、お前の親もおかしいよ。狂ってる!」
「俺ちゃんにとってはキミの方がおかしいけどね。価値観なんて人それぞれだろう?」
「そうだ! だから俺はお前の存在ごと否定する!」
「いいねえ人間らしくて! …おしゃべりはここまでだ。楽しい楽しい殺し合いに集中しようじゃないか」
もう語ることはない。ただぶつかり合うだけ。
お互い一切しゃべらず、ただ斬って、受けて、攻撃して、防いでの繰り返し。
近接戦闘では互角らしく、らちがあかないため、そろそろ魔法攻撃に切り替えようと思ったその時、剣と鎌による剣戟音のみが響いていた広場に、新たな存在が入り込んできた。
「グギャ、オオオオオ!」
「はあぁぁぁあああ!」
黒い竜が、ぼろぼろの家屋を巻き込みながら吹き飛ばされてくる。それをしたのは…ユキトだ。
「やはりお前の仕業か、カイル!」
ユキトの声を聞いたカイルは驚き、俺から大きく距離をとった。
「ははは! これはこれは! すごいねえ子猫ちゃん。キミ、そういう人を引き寄せるのかな? あーあ、見つけたからには確保しなきゃなぁ」
「どういうことだっ!」
ユキトが革命反対派の人間だということは知ってる。そしてカイルはきっと皇帝側の人間だ。皇帝に逆らうものはすべて敵、という考えならわかる。だが、カイルが確保という言葉を使う時は、捕獲対象のティオや、ティオの妹に対してだったはずだ。
つまりユキトは、皇帝が求める特別な人間なのか…?
その答えは、次のカイルの発言によって示される。
「あれ、知らなかったの? そこにいるの、グレン王国の第一王女、ユキト・グレンだよ?」