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剣術と交わらぬ道

 さらさらと時が過ぎてゆく。ゆっくり進んでいると感じている時間こそ早く過ぎ去るものだ。だからこそこういう時間を大切にしたい。


「そうだ、ユキト。肩もんでやろうか? さっき凝ってるって言ってたし」


 俺が剣術を教えている間ずっと読書していたらしいから相当凝っているだろう。これは音波に鍛えられたマッサージテクを披露するチャンス!


「うむ、悪いな。ぜひお願いしたい」

「あとさ、胸が大きいと肩が凝りやすいとかあるの?」

「なっ、き、君は何を言ってるんだ! 読書のせいに決まっているだろうばかもの!」

「ちぇっ、つまんないのー」


 ふむ、やはりあの噂は都市伝説だったのだろうか。

 ユキトは顔を赤くしてプンプン怒っていたが、急に冷静になり、何事かぶつぶつ呟き始めた。


「いや確かにその可能性もあるかもしれない…もしや肩が懲りやすいのはそんな理由が…くっ、私としたことがこんな簡単なことに気がつかなかったとは…!」


 いきなり悔しがりはじめたぞ。怒ったかと思えば冷静になり、挙げ句悔しがるとか、何があったかはわからないけど、やっぱりユキト面白すぎるだろ。


「では、はじめさせていただきます」


 後ろに回り、肩をもみはじめる。凝ってる凝ってる。これはほぐし甲斐がありそうだ。


「頼む……んっ!」

「痛くないですか~」

「痛みはないが…あっ、んっ」

「ちょっとユキトさん!? そのあえぎ声は色々と危ないよ!?」

「わ、私もだしたくてだしてるわけじゃ、うんっ、あ、ふ」


 いかん。なんだかイケナイことをしている気分になってきた。集中だ、集中しろ、ほぐすことだけを考えるんだっ!

 一通り肩をもみ終わり、お互いイスに沈みこんでぐったりとする。それぞれ別の理由で。


「…ふぅ~。おかげで肩の凝りがすっかりほぐれたよ。ありがとう」

「おう、どういたしまして」


 何はともあれ目的は達成した。ふふふ、この俺にかかれば肩の凝りなぞ敵ではないのだ。


「そうだ、広場で君たちのことを見た時思ったんだが、君が教えていたのはマテリアの剣術ではないな?」


 う、鋭い。ていうか訓練を受けた人間なら誰でもわかるか。


「その通り。俺が元いた世界の剣術だよ。二つの武道、剣道と居合道を教えてた

 俺の父方の祖父が居合道、母方の祖父が剣道の師範で、長期休みで帰省するたびにたっぷりしごかれたものだ。家に戻っても毎日の練習は欠かさなかった。そうしないと次に帰省したとき腕が鈍ったと怒られるからな。


「どうりで。ならなぜ君はわざわざマテリアの剣術を学んだのだ?」


「郷に入れば郷に従え、という言葉があってだな。こっちの世界の剣術に対応するためにはその剣術を知る必要がある。実際に戦うだけでもいいけど、習った方が、より対応しやすくなるなるだろ? 剣術はその土地、人、文化に大きな関わりがある。剣術を習うということは、その場所の歴史を見るようなものかな」


「…なるほど。私はそこまで自分の使っている剣術について考えたことはなかった。勉強になる」


 ちょっと語りすぎちゃったかな。長くやってるからついつい話したくなってしまう。

 カメリアに剣道や居合道を教えたのは、単に教えやすかっただけだ。祖父の道場で門下生を指導することもあったから。


 剣を扱うという点は同じなので|(特殊な形状のものを除く)、基礎ができていればどの剣術を習得するにしろ上達が早くなる。だから俺もマテリア王国の剣術を使えるようになるのに長い時間はかからなかった。まあ使えるようになったと言ってもたかだか1週間という練習期間では熟練度の点でまだまだだけどね。


 さっき広場で教えたとき感じたんだが、カメリアは筋が良い。きっと立派な剣士になるはずだ。


「ごめんな、ちょいと語りすぎた」

「いやいや、興味深い話だった。本で得られることは多いが、人の経験に基づいた話もまた貴重だ。しかし、剣道に居合道か…君は、本当に別の世界の人間なのだな」

「前にもそう言ったじゃないか」

「そんな荒唐無稽な話、すぐに信じられるはずはないだろう。…君は、元の世界に帰りたいと思っているか?」


 ティオにも同じ質問をされたような気がする。いや、自分に問いかけただけだったか。


「ああ、もちろんだ。元の世界には、俺の家がある。親もいる。生活もある。ティオの目的を達成した後、必ず戻る」

「…そうか。それは良いことだ。家族、自分が育った故郷はとても大事なものだ。私も必ずや、あの皇帝に奪われ、汚された祖国を取り戻してみせる」


 強い意志を秘めた瞳は、色彩の違いこそあれティオの瞳と同じものだった。

 ユキトは、グレン王国を、自らの祖国を深く愛しているんだな。それだけにその祖国をめちゃくちゃにした現皇帝を許せないのだろう。


「俺とユキトの目的は全然違うけど、こうして知り合って助け合った仲だ。俺はユキトを応援する。助けが必要だったらいつでも呼んでくれよ」

「君は情に厚いやつだな。では、私もそっくりそのまま同じ言葉を返すとしよう」


 そう言って微笑む彼女は魅力的で、思わず見ほれてしまった。けれど目を逸らすようなことはせず、同じように笑みを返す。これめっちゃ恥ずかしい。向こうは特に意識なんてしてなさそうだけど。

 恥ずかしくもどこか満ち足りた雰囲気になったその時、家の外からカメリアの声が聞こえてきた。


「ソーマにい遅ーい! 早く戻るって言ったのにー!」

「ごめんごめん、今行くからな~」


 ユキトとの話が弾んで剣術を教えている途中だったことを忘れていた。すまんカメリアよ。


「私も読書に戻るとするか。では、夕飯の時にまた」

「おう」


 ユキトはまた読書するのか。本当に本が好きなんだなぁ。


 有意義な休憩時間を過ごした俺たちは、夕飯の時間までそれぞれ剣術指導、読書に没頭したのだった。

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