カメリアとリリー
「来るな! こっちに来るなぁ!」
まだ声変わりもしていない幼い少年が、後ろにいる小さな女の子をかばうように木の棒をぶんぶん振り回している。
視線の先には5匹のカエル型の魔獣。1匹につき4つの目、計20個の目を2人の子どもに向け、ゲコゲコとわらっている。
もちろんサイズは通常のカエルの数倍、いや数十倍もある。
「ソーマ、君は先程の戦闘で疲れているだろう。ここは私に任せてくれ」
「ごめん、頼む。俺は2人の護衛につく」
さっきモグラ型の魔獣と剣術で戦ったため、骨折部位に激痛が走っているのは確かだ。ここはおとなしくユキトに任せるとしよう。
「うむ、では、行くぞ!」
「おう!」
俺は別の魔獣の奇襲に備えて子どもたちの護衛をする。隙を見てユキトの援護もするつもりだ。
「大丈夫か! 俺たちが来たからにはもう安心だぞ」
「だ、誰だお前は!?」
「通りすがりの竜契約者、かな。さあ俺の後ろに隠れて」
最初は警戒して、敵意のこもった瞳で見てきた少年だったが、ユキトが魔獣と戦っているのを見て俺たちが敵ではないことがわかったようだ。
「うわあぁあん、お兄ちゃああん!」
安心したのか、ペタリと座り込んでしまった少年に、女の子がすがりつく。この2人は兄妹なんだな。
剣を構え、辺りを警戒しつつユキトと魔獣の戦闘をうかがう。
カエル型の魔獣はその脚力により空高く跳躍しながら肉弾戦に持ち込もうとしている。が、強化魔法を使用しているユキトには一撃も当たっていない。ちなみに舌はとっくに切り落とされている。
肉弾戦は不利だと判断したのか、ユキトの四方を不規則に跳ねつつ魔法攻撃を仕掛けるようだ。5匹が同時にゲロゲロゲコゲコと詠唱する。うるさいことこの上ない。一種の攻撃だぞこれは。
ユキトは全く動じず、魔獣の作る円の中心で詠唱をはじめる。
「燃え尽きろ、幼子を襲う魔獣ども! ーー顕現せよ。契約に従い其の力を我が元にーー業火の柱!」
魔獣が魔法を発動させる前にユキトの魔法が発動する。
ユキトの周りを囲むように複数の魔法陣が出現し、そこから炎の柱が現れる。
魔獣は為す術もなく、一瞬で塵と化した。俺が援護する間もなかったほど見事な戦いぶりだ。見ると一滴の汗もかいていない。
「ふう、これでよし。君たち、もう大丈夫だ。安心したまえ」
ユキトは柔らかい表情で子どもたちに話しかける。赤子の手をひねるかのごとく悠々と魔獣を倒した後のこのセリフ。ちょっとカッコよすぎじゃありませんか?
「う、うん。ありがとう、おねえちゃん、おにいちゃん」
少年は弱々しくお礼を言った。会った時とは大違いだ。きっと妹を守るために虚勢を張っていたのだろう。
「また襲われないように俺たちが家まで送るよ。いいだろ、ユキト?」
「もちろんだ。家はここから近いのか?」
この子たちが襲われる前に駆けつけることができたのは本当に運がよかった。そしてこの子たちがこんな森の中にいるということは、近辺に集落なり何なりがあるということ。その点も運がよかったといえるだろう。
「うん。ここから1時間ぐらい歩いたところにあるよ」
「そうか。じゃあ私たちと一緒に行こう。離れないように注意するんだぞ。また魔獣が来てもおにいちゃんとおねえちゃんが退治してあげるからな!」
「うん! 本当にありがとう。ほら、リリーもお礼言いなさい!」
「あ、ありがとう。おにいちゃん、おねえちゃん」
妹さんの名前はリリーというらしい。泣きはらした目で俺たちの目をちゃんと見ながら可愛らしくお礼を言ってくれた。小さいのに2人ともしっかりしてるなぁ。
「じゃあちょっとの間だけど、よろしくな。俺の名前はソーマ。このおねえちゃんの名前はユキトだ。君の名前を教えてくれないかな?」
「よろしくお願いします、ソーマおにいちゃん、ユキトおねちゃん。僕の名前はカメリア」
こうして俺たちは自己紹介を済ませ、家に送り届けるまでの間とりとめのない話をした。僅かな時間しかたってないのにすっかり打ち解け、口調もくだけてきた。
カメリアのやつなんか、俺のことをユキトの付き人のただの剣士だと思ってたらしくて、遠目に発見した魔獣を遠距離攻撃魔法で倒したときはかなりビックリしていた。
1時間などあっと言う間に過ぎ去り、2人の家がある、森の中の小さな集落に到着した。