強くなる。強く、なりたい
ユキトが落ち着くまで長くはかからなかった。元々精神的に強い子なのだろう。
「すまない、見苦しい姿を見せてしまったな。こんなこと、滅多にないのだが。…その、ありがとう」
泣いたせいで赤くなった目をしばたたかせながら、照れたようにそう言う。
「俺は何もしてないよ」
もう大丈夫そうだと判断し、密着させていた体を離す。なんか今頃になって急にドキドキしてきた。おさまれ我が心の臓よ。
「いいや、してくれた。気にかけてくれ、私に心遣いをしてくれた」
なんだこの子は真面目すぎるにもほどがあるぞ。勝手にドキドキしてた自分が恥ずかしくなってくるじゃないか!
「ち、違うし。女の子の体って柔らかいなーとか、良い匂いがするなーとか思ってただけだし!」
「な、き、君はまたそんなことを! …なんて言うと思ったか? ソーマはわかりやすい人間だな。好感が持てる」
今度は俺が照れる番だと、そういうことですね。うんうん、なかなかやりおるね。ん? 別に動揺とかしてないよ?
「ま、半分本当だけどね」
「もう、君ってやつは!」
すでに会話のパターンができてきたというね。
さて、場も落ち着いたことだし、体も痛いし、ちょっと横になろうかな。
「いっつ!」
少し動かしただけでこれだ。ユキトは一晩でなんとかなる、魔獣に対応できるようになると言っていたが、本当だろうか。
「そうだ、聞いておきたいことがあるんだった。君は治癒魔法を使えるか? 私の魔法は簡単な切り傷や擦り傷なら即座に治せるが、骨折レベルになると丸一週間はかかる」
それって効果が高くないって言えるのか? もしかしてユキトって相当の実力者なんじゃ…。
「治癒魔法か。使ったことないからわからないな…」
「よくそれで今までやってこれたな…」
ユキトは呆れ半分、感心半分といった様子でそう言う。
「戦闘なんて数えるほどしかしてこなかったからな。教わってもいないし」
パレードの時、あんなことがなければ、きっと新しい町でティオに教わったのだろう。
「なら、習得するのは今だな。治癒魔法を発現させるにはケガをするしかないのだから。しかもなかなかの重体だし、竜からの魔力供給も安定するはずだ。魔法の使い方は知っているだろう?」
もちろん知っている。発動させたい魔法をイメージし、【竜の爪痕】を辿って、契約竜からたぐり寄せる。
「やってみるよ」
回復。回。復。復た、回る。繰り返す。循環する。治癒。治す。癒す。元に戻す。有るべき姿へ。
「ーー顕現せよ。契約に従い古より君臨する其の偉大なる力を我が身にーー再生の銀光」
身体がうっすらと銀色の光に包まれる。
熱い。違和感、異物感がかけめぐり強い不快感が訪れる。
歯を食いしばり、魔法が過ぎ去るのを待つ。
「竜と交信できないほど離れているというのにこの魔力量…君の契約竜は一体…」
そんな驚いた顔しなくてもいいのに。ティオもそうだけど、俺の契約竜はそこまで常軌を逸しているというのか。
魔法は5分ほどで終わった。光が消えた後、身体には劇的な変化が現れていた。
表面にあった傷はきれいさっぱり治っていた。血も止まり、肌も再生されている。
「これはすごいな…骨折の方はどうだ?」
ユキトは確認するため俺の骨折部位に触れる。
「痛いけど、さっきほどではないな」
「この調子だと3日くらいで骨がくっつきそうだ。これは驚異的だぞ。君が契約竜と出会ったとき、どれほどの魔法が使えるのか…背筋が凍るな」
治癒魔法があるから、ユキトは一晩あれば大丈夫だと言ったのか。確かに完全回復とまではいかないが、魔獣程度ならなんとかなりそうだ。
「魔法って、すごいんだな」
「ああ。竜契約者ではない、一般人からは神の御技だとか奇跡の力などと言われている
。でも、魔法は平等ではない。竜と契約できる者は限られているし、この世界の多くの人間は魔法を使えない。その点においては、君の世界の方がよっぽど救いがある。医療は、科学は平等なのだろう? 貧富の差はあれど、程度の差はあれど」
「そうだな…俺は知らないうちに竜と契約していたから、そういうことは考えなかったのかもしれない」
「恵まれている分、力がある分、責任が生じることも忘れてはならない。力無き者を助ける義務が。私は、自分が正しいと信じるもの、信念に従って行動している。行動しようと努めている。君はどうだ?」
ユキトにそう問われ、一瞬言葉につまったが、答えた。答えることができた。
ここに来たばかりの頃は答えられなかったその問い。魔法を用いて何を為すのか。何のために戦うのか。
「俺は、ティオのために戦う。魔法を使う。高尚な理由じゃないけど、俺にとってはとても大事なことなんだ」
「…なんだか面白くないな。なんでだろう」
「ん?」
「何でもないっ! …でも、それはとても美しい思いだと私は思う。大事な人を守りたい、大切な人の助けになりたいという思いは。君は、そのティオとかいう人に恋をしているのか?」
「それは、わからない。けど、確かに守りたい、助けになりたいって思う。今はまだ守られてばっかり、助けられてばっかりと男として情けないばかりだけどな」
「君は純粋だな。……私が先に君に出会っていたら、どうなっていたのだろうな」
「ユキト、さっきから小声になること多いけどどうしたんだ?」
「気にするなばかもの!」
「理不尽じゃね!?」
ティオと肩を並べて戦える日は来るのだろうか。
ティオと同じくらい強ければ、ギルやカイルに襲われた時だって、勝てたかもしれない。
もっと早くこの世界にきていれば。
いや、たらればの話はもうやめだ。
強くなる。強く、なりたい。