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ユキトの事情

 グレン帝国に対して良い印象はない。ギルやカイルみたいな人間を使って、ティオや、ティオの妹をさらおうとしたやつが治めている国。


 だからと言って帝国所属のユキトを嫌うか? と聞かれたらそういうわけでもなく。だって、国と個人は別のものだから。


 もし、ユキトと戦うことになったら、俺はどうするのだろう。どうしたいと思うだろう。


 ティオとユキトが戦うことになったとしたら、俺は……。


 思考が変な方向へ行ってしまった。まずは、目の前のことを考えないと。起きてもいないことを考えていてもしょうがない。


 とりあえず、ティオについて詳しく話すのはやめよう。俺自身は異世界から来たため、どこの国にも所属していないが、ユキトにとって敵国であるマテリア王国側のティオと一緒に行動しているわけで。


 俺自身はマテリア王国に肩入れしているつもりはないが、ティオが元王女ともなれば話は別なんだろうな。ユキトとそういう話をするときは注意するようにしよう。


 ごくごく簡素な応急処置が終わり、一段落する。ここで何か食べ物でもあればよかったのだが、さすがにそこまでの余裕はなかった。明日あたりに木の実や食用植物を探さないとな。


「さて、これからどうしようか」


 俺がそういうと、ユキトは思案顔で答える。


「そうだな…きちんとした処置をするなら、村か町に行かなければならない。明日から移動をはじめよう」

「大丈夫か? 魔獣に襲われたら危なくないか?」

「一晩あれば大丈夫だろう」

「どういうことだ?」


 そこでユキトは一拍置き、俺にこう告げる。


「君も気づいてはいると思うが、私は竜契約者だ」

「おう、気づいてた。あと、ユキトも気づいているだろうが俺もだ」


 お互いに緊張した空気が走る。


「ああ。そこで、1つ、確認しておきたいことがある。君は、ソーマは、マテリア王国の人間か?」


 やっぱりこの質問が来たか。予想はしていたから、あらかじめ決めておいた答を返す。


「いや、違う。そもそも俺はこの世界の人間じゃないんだ」


 緊張感に満ちていたユキトの表情が、俺の答えを聞いた途端、間の抜けたものになった。そりゃそうだ。俺もこんなこと言われたら「は?」とか言っちゃいそうだもん。

 ティオの素性は話さないようにしながら、これまでの経緯をかいつまんで話す。例えば、王女様が襲われたとき、たまたま居合わせて協力を要請されたから戦った、みたいに。


「にわかには信じがたいな」

「本当だって! いつでもどこでも、どんなに離れた人とだって話せるし、この空の果て、宇宙って場所にも行けるし」

「その話が本当なら、素晴らしいことだ。そして実に興味深い。仕組みを説明してはもらえないだろうか?」

「さすがに仕組みまで細かく説明するのは無理かな」

「そうか…」


 ユキトは残念そうな顔をして若干落ち込んでいた。知識欲が旺盛なのかもしれない。


「まあそれは一旦置いておくとして。だから、俺はマテリア王国に所属しているわけじゃない。もっと言えばこの世界のどこの国にも所属していない。わかってくれたか?」

「ああ。信じるよ、君を。話してくれてありがとう。私も話さねばな」

「別に話したくなかったら話さなくてもいいんだぜ、グレン帝国兵さん」

「違う。私はグレン帝国兵などではない。誇り高きグレン王国兵だ」


 一瞬、同じじゃないかと思ったが、ある単語が違うと気づいた。帝国と王国。この違いが意味することは…。


「もしかして、ユキトは革命反対派の人間なのか?」

「その通りだ。君も知っているだろうが、グレン王国は、たった1人の人間によって奪われてしまった。奪ったのは、今の皇帝。皇帝はグレン王国を軍事国家に作り替えてしまった。強い者なら犯罪者でも重用し、好き放題やらせる。カイルなど無差別大量殺人の罪で、本来なら一生牢の中で過ごすはずだった」


 やっぱりあいつ、犯罪者だったのか。戦争では人を殺せば殺すほど名声が得られるというが、きっとあいつは戦争以外でも人を殺しすぎたんだろう。


「私は、以前のグレン王国が好きだった。100年続いてきたマテリア王国との戦争も、亡き国王ならば止められたはずだったのに。同盟を結ぼうと、歩み寄ろうとした矢先に…」


 唇を噛みしめ、心底悔しそうな顔をするユキト。


 そうだったのか。戦争が、終わろうとしていた。だが、それは叶わず、むしろ2国の間には王女誘拐事件によってさらなる溝が広がってしまった。


 現グレン皇帝は何を考えているんだ。


「だから、同じ志を持つ仲間と共にグレン王国を取り戻そうと皇帝と戦った。死力を尽くして戦ったのだ!」


 その燃えるような紅い瞳に悔し涙を浮かべ、叫ぶように言葉を発する。

 ここまで取り乱すほど、ユキトは悔しかったのだろう。いや、きっと悔しいなんてものじゃなかったはずだ。そんな生ぬるいものじゃ、なかったはずだ。


「でも、でも、ダメだった。皇帝の顔すら見ることがかなわなかった。仲間の多くを失い、無様に負け、気がついたら、君に助けられていた」


 話し終え、嗚咽をこらえながらうなだれるユキトの肩を抱いてやる。普段はこんなこと恥ずかしくてできないけど、こんな痛ましい姿を見せられたら、こうせずにはいられなかった。今の彼女には、きっとこうしてあげる人が必要なんだ。別に俺じゃなくてもいい。誰でもいいから、今だけでも、傍にいてあげられる人が。


 ユキトが落ち着くまで、俺は、たった1人で革命を成功させたというグレン皇帝のことを考えながら銀色の炎を見つめるのだった。

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