洞穴の中で
「ユキト、か。男の子みたいな名前だな」
「よく言われる。だが、父と母からもらった大切な名前だ。私は気に入っている」
「誰も悪い名前とは言ってないよ。良い名前じゃないか。ユキちゃんとか呼ばれてそう」
「ふふ、その名前で呼ぶのは母上だけだったな。他は全員ユキトさ…ユキトと呼んでいる。ソーマもそう呼ぶといい」
「うん、わかった、ユッキー」
「そ、その呼ばれ方ははじめてだな。少々むずがゆいぞ」
からかわれ慣れてないのか、反応が面白い。どんどんふざけたくなる。
「冗談冗談。ユキトって呼ばせてもらうよ」
「…別にユッキーでもいい」
「おう、わかった、ユキト」
「君はなんというか、面白いやつだな」
「俺から見たらユキトも相当面白いやつなんだけどな」
「そうか? よく真面目すぎるだとか面白味がないと言われるが」
確かに真面目な優等生タイプっぽい。あまりに真面目すぎると普通のやつとは全く違う反応が返ってくる。
あまり周りの人間とふざけあったことがなかったのかな。
「メガネかけてクラスのまとめ役とかやってそうだよな」
「視力は3・0ある。しかしまとめ役をやることは確かに多いな。なぜわかったんだ?」
「だってそういう感じするもん」
「曖昧だな。具体的な根拠を示してほしいものだ」
「ほら、そういうところだよ」
「?」
なんて、たわいもない話をしていたら体も温まり、服もすっかり乾いていた。
俺たちはお互いを見ないよう交互に着替え、ようやくきちんと対峙する。
改めて見ると、やはり息を呑んでしまう。
黒髪のショートカットで、少年のような髪型だが、目鼻立ちは完全に女性のそれだ。造形はこれ以上なく整っており、可愛いというよりは綺麗という言葉が似合う感じだ。とりわけ目を引くのは、鎧を脱いだことによって明らかになったその胸部。ティオも意外とある方だったが、ユキトのはそれ以上に存在を主張している。
俺がある一点をじっと見つめていたせいか、不思議そうに聞かれる。
「どうした? 鎧を着用していないのが気になるのか? それなら心配には及ばない。奇襲攻撃に対しては鎧がない方が素早く反応できるからな。君のことを警戒していないという証でもある」
なんというか、やっぱりちょっとズレてるんだよなぁ。これがティオだった場合、問答無用で魔(以下略)。
ダメだ、さっきから何かとティオのことを考えてしまっている。
合流場所に行くために、早く体を回復させないと。
「いや、立派な胸だなぁと思って見てただけだよ」
「な、な、な、き、君は、私をそ、そんな目でっ!」
「というのは冗談で、鎧の必要性について検証していたんだ」
「なんだ、やはりそうか。全く、そういう冗談は今後ひかえてほしいものだな。心臓に悪いぞ」
ダメだ、面白すぎて止まらない。そろそろ真面目にいこう。
「ごめんごめん。そうだ、体も温まったことだし、そろそろ応急処置をしよう。使えそうな葉っぱとかは道中で拾ってある」
そう言って俺は長い葉っぱや面積の大きい葉っぱ、固定用の木の枝や縛るためのツルなどを広げる。
「用意がいいな。ソーマ、君は応急処置の知識はあるか?」
「いや、残念ながらほとんど…」
「そうか。なら私が君のもやろう。触診するから、痛いところがあれば言ってくれ」
そう言って俺の体をぺたぺた触りだす。普段だったらご褒美以外のないものでもないが、ケガだらけの状態だとそんな気分にもならない。
「一通り調べたが、鎖骨と肋骨が骨折、左腕にヒビ、他は捻挫や打撲といったところか。よかったな、これくらいなら問題ないだろう」
「これで問題ないとかマジかよ」
「それはそうだ。再起不能になる兵士などいくらでもいるからな」
そうだった。こっちの世界ではケガなど日常茶飯事なんだろうな。今まで大きなケガをしなかったのは運が良かっただけか。
俺が用意したものを使い、骨折部位は固定といった風に処置してくれた。
「ありがとな。自分もケガしてるのに」
「助けてもらったんだから、これくらいはな。少しでも恩返しできたなら嬉しい」
「だから気にし過ぎだって。俺もユキトの処置、手伝うよ」
「なら、まずそれを取ってくれないか」
「これか?」
「そう、それだ」
ユキトはほぼ自分で処置をしてしまった。その動作は慣れたもので、今まで何度もやってきたことを伺わせる。軽鎧をつけ、剣を持っていることといい、ユキトもまた兵士なのだろう。
運んできたとき、左手に【竜の爪痕】があるのは確認してある。
ユキトもまた、俺が竜契約者であることに気づいているだろう。先ほど触診していた時に
、目つきが一瞬変わっていた。両手にあるのを見たときは動揺を隠しきれていなかったしな。
それに、あの軽鎧。
形こそ男性用と女性用で異なるが、カラーリングや紋章は、ギルやカイルのものと同じだった。
ユキトはおそらく、グレン帝国の人間だ。