その子の名は
数秒間、見つめ合ったまま時間が止まる。お互いに驚き、疑問符を浮かべながら。
やがて女の子の視線が移動し、俺の手のところで固定される。そして、みるみるその燃えるような瞳が鋭くなっていく。そこに浮かぶ感情は、警戒や怒りの類であった。
俺、端から見たら不審者そのものじゃん。てへ。
「な、な、な、な」
「な?」
「何をしようとしているこの不埒者がぁぁぁああっ!」
向こうもケガをしているせいか、へろへろの蹴りに、こちらもケガをしているため無駄にダメージを喰らう。
「いったああああ! ちょっと待て、誤解なんだ! 別に変なことをしようとしてたわけじゃない! ただ服を脱がそうと」
「服を脱がそうとしていたことは変なことではないと?」
「すまん、ちょっと付け足させて。ケガをして気絶しているお前を冷たい水の中に放置したら危険だと思って、なんとかここまで運んで、火もおこしたから水を吸って体温を奪う服を乾かすために、服を脱がそうとしていたんだ!」
怒り、疑惑、納得と目まぐるしく表情を変化させた彼女は、最後にキョトンとして呟く。
「では、いかがわしいことは一切するつもりはなかったと?」
「もちろん。というか俺にもそんなことする余裕なかったし」
「自分も大ケガしているのにもかかわらず、見ず知らずの私を助けてくれたと?」
「まあ、まだ助けたとは言えないだろうけど。そろそろ服乾かして体温めた方がいいぞ」
「……すまなかった! 私は恩人になんてことをしてしまったんだ。いきなり蹴りつけ、暴言を吐くなど……どうお詫びしたらよいものか……」
「いや、今はそういうのいいから! 俺も気にしてないし、まず自分のことを心配した方がいい。俺はでていくから、安心して服を乾かすといい」
「待ってくれ! 君も、その、そんなかっこうで外へ出たら寒いだろう? ここにいてくれ。そもそもここを見つけたのは君なのだから」
「でも」
「私は平気だ。ただ、服が乾くまでの間、目を背けていてくれると、ありがたい」
顔を赤くして、もじもじしながらそう言う。
くっ、強気な口調からのこの態度……! 俺を殺しにきてるぞ!
なんとか平静を保ちながら答える。
「わ、わかった。絶対見ない」
その子に背を向けて座り直す。
「すまないな…」
ガチャガチャと鎧を脱ぐ音と、ぴちゃぴちゃと服を脱ぐ音が聞こえる。濡れているせいか衣擦れの音はしない。
ティオと一緒に生活してたんだし女の子の着替えには慣れた…なんてことはなく当然テンパっておりますはい。
その音も止み、しばし静寂が訪れる。
最初に口を開いたのは、彼女の方だ。
「先ほどは失礼なことをした。もう一度あやまらせてくれ。すまなかった。それと、助けてくれてありがとう」
「ふむ、そういうことはしっかり相手の目を見て言った方がいいぞ。てなわけで振り向いてもいい?」
「そ、それは困る…。でも、君の言うとおりだ。服を着たら改めて謝罪と感謝を」
「さすがに冗談だって! あとそれはもう伝わったからいいよ。人として当然のことをしただけだし」
照れ隠しにちょっとふざけてみたが、反応が初々しくて可愛い。
それと、この子が礼儀正しいってことは十分わかった。誠意って声音だけでもけっこう伝わるものだ。
「それよりさ、この後のことなんだけど、お互いにケガがある程度治るまで協力しないか? 2人の方が食料調達とか便利だし」
「私も同じことを提案しようと思っていた」
「そりゃあ都合がいいな。じゃあ、短い間かもしれないけど、よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
「あ、そうだ。名前、おしえてくれないか? 知ってた方が話しやすいし、さしつかえなければ」
「そういえばまだ名乗っていなかったな。これは失礼した。私は」
「ちょい待ち、人に名前を聞くときはまず自分から。俺の名前は楓ソーマだ」
「ソーマ。良い名前だ。次は私の番だな」
燃えている木の枝が、パキッと小気味の良い音をたてる。
「私の名前は、ユキト」