化け物
今までその豪奢な馬車の中にひっこんでいた王女、クリスティーナ・マテリアがおそるおそる顔を出す。
近くで見ると姉妹であることがよくわかる。ティオを2、3歳幼くしたらこんな感じだろう。
「お姉さま、またお会いできて、本当によかったです…」
王女様はうるんだ瞳でティオを見つめていた。捨て猫の目のようだ。
「私も、ずっと会いたかった…でも、もう私は王族ではないから、簡単には会えないのよ。それに、まだやるべきことが残ってるから」
「兄さまのことですか?」
「そうよ」
「もう、よいではありませんか、兄さまのことは。4年も前のことですし、なによりお父さまを亡きものにしようとしたのですよ?」
「それにはきっと理由があるはずよ。あの優しかった兄さんが、あんなことをしたのには。それに、今のお父様の政治が良いものとは思わない。それも家を出た理由の1つよ」
「……そうですか。意志は固いようですね。私はお姉さまが帰ってくる日をずっとずっとお待ちしています」
悲しそうな、寂しそうな、か細い声。ティオもまた、同じような声で答える。
「……ありがとう、ごめんね」
ティオが元王女だということは、探している兄も元王子で、その兄が暗殺しようとした父親は、現マテリア国王、ってわけか。
『やっぱり、そうだったんだ』
「ん? リーサか? 急にどうした?」
『なんでもないよ~。ただティオちゃんの言ってた、国王の政治が良いものとは思わない、っていうのには賛成ってだけ。お兄さんの暗殺も、成功すればよかったのにね。むしろティオちゃんもお兄さんと同じことをやっちゃってもいいんじゃないかな~なんてね』
おちゃらけているようで、その針は鋭い。
前の話の続きに関係ありそうだが、はたして…。
「本当にどうしたんだよ。らしくないぞ」
『……そうね、めんごめんご! 変なこと言って混乱させちゃったかな?』
「全くだよ、こんな時に。そういう話は、今じゃない」
『も~かわいくないんだから。私はそろそろ引っ込むから頑張ってね。もう上空は動きはじめてるわよ~』
上を見るとギルの方は詠唱をはじめていた。 騎士たちもいち早くそれに気付き、今度は攻撃はせず全員で防御魔法を構成している。
「感動の再会のとこ申し訳ないんだけど~俺たちとも遊んでよぅ~それに心配しなくてもいいよん! 王女ちゃんと元王女ちゃん2人まとめて皇帝のとこに連れてってあげるからね! ……狂え、魔を纏いし獣たち。顕現せよ、契約に従い其の力を我が元にーー魔獣狂宴」
あいつの魔法が発動した瞬間、魔獣たちの様子がおかしくなった。瞳から血を流し、鳴き声も苦しそうなものとなり、のたうち回りながら魔法を展開している。
明らかに命を削りながら、魔法を使っている。
ギルの方も魔法が完成し、火の雨が降る。魔獣の、今までとは比べものにならない強力な魔法と合わさり、町を赤く染めあげる。
俺もティオも身を守るのに精一杯だった。
魔法が終わった後、町の様子は一変していた。
燃え上がる家屋。逃げそこなった人の亡骸。力尽きた魔獣の骸。
騎士たちはなんとか王女を守り抜いたようだが、ほとんどが負傷し、戦える状態ではなくなっていた。
俺は、人の焼ける臭いで吐き気をもよおし、たまらずうずくまってしまった。
守れなかった。俺が、俺たちが、非力だったせいで。
転がる死体の中には、幼い子供もいた。未来ある少年少女も、働き盛りの大人も、一生懸命生き抜いたお年寄りも。
「そうそう、これだよこれ! この光景が見たかったんだ~何度見ても最っ高ぅ! 失禁しそうだよおあはははは!」
「下品な言動は慎め」
「怒らないでよギルっち~。それにしてもギルギルの魔法もエグいね~無益な殺生はやめろとか言ってたくせに~」
「俺は死体が腐った臭いが大嫌いなんだ。お前が死体を量産するのはわかっていた。ならいっそのこと燃やしてしまった方がいい」
「ギルちゃん死体焼くのもその臭いを嗅ぐのも大好きだもんね~」
狂ってる。あいつらには人の心が無いのかよ!? お前たちだって、家族や友達がいるんだろ…?
ティオも辺りを見回し、唇を強く、強く噛んでいる。人一倍正義感の強いティオだ、これは俺以上にこたえているだろう。
「うるさい。無駄話はここまでだ。任務を続行する」
「了解ちゃん。まああとは数人しか残ってない雑魚騎士と、元王女とそのオマケしかいないけどね~」
「騎士はともかく、残りの2人はやっかいだな。特にティオ・マテリアに竜人化されると困る。こちらも大分魔力を使ってしまった。向こうも同様だろう。俺たちも竜人化するぞ」
「え~あれやんの~? しんどいし解いた後、体動かなくなるしあ~んまやりたくないんだよね~」
「わがままを言うな。皇帝陛下からお叱りを受けることになってもいいのか?」
「げっ、それは勘弁! ちぇっ、やればいいんだろやれば~。まあいっか、あれなってる最中はめっちゃ気持ちいいし」
竜人化。あれほどの実力者なら、使えて当然か。