ティオの正体
なんて物騒で、非人道的な会話なんだ。きっとあいつらは素であんなことを話している。恐怖を与えるための芝居ではなく、ごく自然に。
「今度の狙いは王女様、か。グレン皇帝は何を考えてティオや王女を狙ってるんだろう」
「……王の血族。何のために、必要だっていうのよ」
「ティオ、それって」
かねてからの疑問を口に出そうとした時、またしても遮られてしまった。
「第一部隊、攻撃魔法を放て! 第二部隊は防御魔法用意!」
『顕現せよーー』
号令とともに、騎士たちが一斉に詠唱をはじめる。迅速な判断だ。
「あれ~、ギルっち、あいつらなんか攻撃しようとしてきてるよ~。怖いね~平和的に話し合おうとか思わないのかな~」
「お前がさっきあんなこと言うからだろうが。まあいい、防御は任せた」
「それもそっかー。まあ殺せるなら何でもいいや。って俺ちゃんが防御担当!? なんでなんでなんでよーギルギルの意地悪~」
「顕現せよ。契約に従い其の力を我が元に」
「もう詠唱しちゃってるし。しょうがないな~俺っちの分も残しておいてよ~。じゃあ魔獣ちゃんたち、防御魔法お願いね~」
ギルと呼ばれている方は詠唱に入り、カイルとかいう方は自身の【竜の爪痕】に意識を集中させている。
ティオはカイルの方を見て、ハッと驚いた顔をしていた。俺もあいつの言葉で気になる点がある。
「魔獣使役魔法……! 今回の魔獣の大量発生と集団攻撃は、あいつが仕掛けたものだったんだわ。もしかしたら、前回私たちが襲われたあの時も」
そうか! 普段魔獣がほとんどいない森に突如現れたのはあいつのせいか。
ティオが以前魔法の講義をした時、ちらっとだけ話していた魔獣使役魔法。でも、この魔獣の数はなんなんだ。確か1頭の竜が契約できる動物は、ハイエナレベルでも10匹くらいが限度だったはずだ。
「ティオ、俺たちは防御魔法で支援しよう。今は王女を守る方が先決、だと思う」
今は答えのでない疑問について考えている場合じゃなかった。とにかく、やつらを撃退しなければ。
「そうね。あのギルとかいうやつにまたあの攻撃魔法を使われたら、あの人数でもふせぎきれないかもしれない。ーー顕現せよーー」
俺もティオの後に続き詠唱に入る。
そういえばまだティオの防御魔法を見たことがない。ティオほどの実力者なら、きっと堅固な魔法を発動させるんだろうな。
『ーー三つ首の竜』
『ーー炎撃』
『ーー水の奔流』
第一部隊の魔法が完成し、様々な属性の攻撃魔法が無数に飛び交う。
多人数が同時に魔法を使うのをはじめて見たが、圧巻の一言だ。
これなら簡単に倒せそうだ、なんて思うわけがない。なぜなら、上空にはもっとありえない光景が広がっていたのだから。
飛行型の魔獣が、防御魔法を展開させている。それだけなら大した驚異ではない。だが、その数がケタ外れなのだ。
ギルとカイルの前に集まった魔獣たちの魔法が、放たれた魔法をことごとく弾く。中には防御魔法を破られた個体もあったが、すぐ後ろの魔獣がそれをカバーする。
騎士たちの顔が絶望の色に染まっていた。
「怯むな! 第二射急げ!」
隊長も焦っているのか、口調が荒くなり、早口になってしまっている。
「あ~ぬるいぬるい、なんてぬるい攻撃なんだ~俺ちゃんがっかりんご。そんなんじゃギルっちの攻撃防げないよ~」
「ーー太陽神の閃き(アポロン・レイ)」
巨大な魔法陣が構成され、そこから熱線が放たれる。大気を焦がすその一撃は、見る者を原始的な恐怖に陥れる。
「ーー銀鏡の盾!」
路地裏から飛び出した俺たちは、防御魔法を展開する騎士たちに加わり、魔法を重ねる。
幾重にも張り巡らされた魔法を貫通するあいつの魔法は、ティオが発生させた強風の渦にとらえられ、いくらか威力を弱める。しかし消滅には至らず、最後に展開された俺の魔法に触れた。
これほどの魔法、いくら弱体化したからといっても跳ね返すのは難しそうだ、と思っていたが、熱線が逆方向へ進路を変えるのを見るに、なんとか反射に成功したようだ。
熱線は案の定、魔獣によって防がれたが、大幅に数を減らすことに成功した。
「あっれ~なんか帰ってきちゃったよ~? ギルっちお得意の纖滅魔法」
「うむ、少しは腕の立つやつがいたようだ……ん?」
路地裏から出たことにより、視界が良好になり、やっとあいつらの顔をはっきりと見ることができた。
大柄な男は以前と変わらず、褐色の肌に短髪。顔はキリッとしていて、その眼光は鋭い。
対してもう1人の軽薄そうな男は、色素の薄い長髪に、これ以上ないほどに整った面。だが、その醜悪な表情がすべてを台無しにしている。
第一部隊の第二射も軽々と防いだ2人は、何事もなかったように会話を続けている。
「どしたんギルギル?」
「お前は色々と呼び方を統一したらどうだ。いや、捕獲対象がもう1人現れたものでな」
「ん~? ああ、あの! 前に俺ちゃんのかわいい魔獣たちを殺してくれちゃった! でもギルっち言ってなかったっけ? もう別の町に移動してるはずだって」
「ふむ、予想が外れたか。まあいい、2人とも捕獲できれば皇帝もさぞお喜びになるだろう。俺1人では難しいが、お前がいるから大丈夫か」
「もうギルちゃん俺がいなきゃダメダメなんだから~。お~いそこの捕獲対象さ~ん! 聞こえてる~? 無駄な抵抗はやめてちゃっちゃと捕まえられてくんないかな~?」
「誰が大人しく捕まるもんですか! こんなことして、生きて帰れると思わないことね!」
ティオはカイルの言葉に威勢良く返す。この場面で力強く啖呵を切れるティオさんさすがです。俺なんて、今にも足が震え出しそうだというのに。
「お~怖い怖い。でも、俺ちゃんワクワクしてきたよ! マテリア王国でも5本の指に入ると言われてる実力者、ティオ・マテリアとこんなに早く戦えるなんて!」
その言葉で、騎士たちがざわつき始める。
やっぱり、そうだったんだ。
思い当たる節は多々あった。
ということは、そこにいる王女様は、ティオにとって…。
「お、お姉さま? お姉さま、なのね」
「……ええ、久しぶりね、クリス」