襲撃者2人
ティオはすかさず【竜の爪痕】に意識を集中させる。これでメイルもこちらに来るだろう。竜舎からそんなに距離はないはずだ。
騎士団は町を守護する者、魔獣を討伐する者の二手に分かれている。幸い今はパレードの真っ最中で町中の人はこの大通りに集まっているはずだから、ここの守りを固めれば王女と住人の安全は確保されるだろう。
「ティオ、俺たちはどっちにつく?」
「魔獣の群れくらいなら騎士団が手こずるはずがないわ。万が一の時のためにこの場所にいましょう」
「わかった」
王国直属の騎士なら、魔獣を討伐するくらいなら容易だというのは納得できる。もしかしたら俺たちの出番はないかもしれない。
でも、妙な胸騒ぎがする。それは、パレードが来ているこのタイミングだからか、最近の魔獣異常発生のせいか。
報告に来た騎乗兵も町の外に戻り、大通りはしばし静寂に包まれる。
遠くからは戦闘による大きな音が聞こえてきて、人々は不安そうに顔を見合わせていた。
「ソーマ、いつでも戦闘できるよう準備しておきなさい」
「了解。だけどこのぶんなら大丈夫なんじゃないか?」
「ううん、多分、やつらはここまでたどり着く。だって戦闘音がだんだん近づいてきてるもの。押されている証拠よ」
耳をすませると、確かに音はどんどん大きくなってきていた。
隊長らしき2人も険しい顔をして何か話し合っている。それに伴い他の騎士たちも剣を抜き、戦闘態勢に入る。
どうやらティオが言ったことは正しかったようだ。ここも、戦場になる。
俺も魔宝剣を抜きつつ、すぐ詠唱に入れるよう意識を集中させようとする。が、なぜだか手が震え、集中できない。
フラッシュバックするのは、死の恐怖を味わったあの時。まだ、克服できてないっていうのかよ、ちくしょう。
震えを止めよう止めようと思うほど余計にひどくなる。
ティオの力になるって決めたのに。あんなに、特訓したのに。これじゃ何もできなかった、グレン帝国兵に襲われたあの時と同じじゃないか。
自責の念にとらわれ、ぶるぶる震えていた俺の手に、そっと、ティオの手が重ねられた。
「大丈夫。あなたは強くなった。はじめて会ったときよりも、格段に。自分を信じてあげて。なんてったって、この私が特訓してあげたんだからね!」
最後は力強く、コミカルに、自信たっぷりに。不思議と胸にすうっと入ってきたティオの言葉。
気づけば、震えはおさまっていた。
やっぱり俺って単純なんだな。
ティオに励まされただけで力が湧いてくるなんて。
「おう! 町1つぐらいサクッと守ってやろうぜ!」
「それでこそ私の相棒! …で、でもヘタレなのは変わらないし、とっておきのおまじないをかけてあげる」
「へ、ヘタレって! ヘタレって言った! 気にしてるのに!」
「はいはい、わかったから目をつぶりなさい」
「へーい」
「これはね、すーごい昔に、母様から教わったおまじないでね、男の子にすると効果てきめんなんだって。あ、あくまでおまじないで、それ以上でもそれ以下でもないんだからっ」
むう、やけにおまじないってことを強調するな。
「うん。おまじないね。ただのおまじない」
「そ、そうよ。ただの、おまじない」
ティオがそう言った直後、俺のほっぺたに柔らかい、温かな感触が訪れた。
「っ! テ、ティオさん!?」
「だ、か、ら! おまじないなの! ただの!」
「お、おう、あ、ありがとう」
不意打ちより、騙し討ちの方が卑怯な気がするのは、俺だけだろうか。
お互い気まずそうに明後日の方向を向く。これから戦うってのに何やってるんだか。
だけど、おかげで緊張も、手の震えも解けた。
「総員、防御魔法展開!」
突然、隊長と思わしき人物が号令をかける。
まさか、もう来たのか!?
空中に防御魔法が形成されてすぐ、極太の熱線が到達する。
大気を焦がしながら飛来した熱の塊は数瞬、防御魔法に阻まれたが、即座に魔法を破壊し、騎士たちの竜を焼く。
深手を負った竜は民家に落ち、再び人々を混乱させる。
「みなさん、どうか落ち着いてください!」
そんな声もむなしく恐怖にかられた人々は我先にと逃げまどう。外に逃げても魔獣がいるのは変わらないというのに。
俺はこの状況を見て、人々よりも、先ほど放たれた熱線の方が気になった。あれほどの魔法を魔獣が扱えるとは思えない。いやそんなに魔獣に詳しいわけじゃないんだけど。
嫌な予感がする。大量の魔獣よりタチの悪い何かが迫ってきているような。
ティオも同じことを思っていたらしく、熱線が発射された方向を凝視している。
騎士たちも住人の暴走を抑えるのを諦めたようで、王女の周りの守りをさらに固め、俺たちと同じ方向を注視している。王家に忠誠を誓う騎士として、民よりも王族を優先するのは当然だろう。
「ティオ、メイルはまだか? 嫌な予感がするんだが…」
「ええ、私もよ。さっきのはおそらく人間が放った竜魔法でしょうね。あれほどの魔法ともなると相当の実力者であることは間違いないわ。メイルは魔獣に邪魔されてもう少し時間がかかるそうよ」
「そうか…でも、これだけの騎士、竜契約者がいれば大丈夫だよな?」
「私もそう思いたいけど、正直、わからない。マテリア国王は常に自分の側にのみエース級の竜契約者を置いているから、今回、王女の護衛についている騎士たちは、言ってしまえば2流なの。もし、今回攻めてきたのがグレン帝国のエース級、1流の戦士だったら…」
なんでそんなことを知ってるんだ、という質問は飲み込まざるを得なかった。なぜなら、熱線が放たれた方角から、紅色と黒色の巨大な2頭の竜が現れたから。
騎士たちの竜の1・5倍は大きいように見える。
その竜の背中から、2人の男の声がする。なんと片方は聞き覚えのある声だ。
国境近くの森で会った、大柄な男。
「ティオ、あの赤い方に乗ってるやつって、あの時の」
「間違いなくあいつね。今度は仲間まで連れてきて…狙いは私、いえ、もしかして」
グレン帝国から来た2人。以前は皇帝の命令でティオを狙っていたが、王女が城を離れたこのタイミングで襲ってきたということは…。
「ねーねーギルちゃーん、今回の目標って、あのキラッキラの馬車に乗った王女さまなんだよね~? ならあの子捕まえた後他のぜーんぶ皆殺しにしちゃっていいかんじ~?」
「やめろカイル、無益な殺生はするな。何度も言っているだろう。それにお前は俺が許可を出す出さない関係なくいつもいつも殺す。後始末をするのは俺だというのに」
「さっすが、俺のことちゃんとわかってんじゃーん! んじゃ、今回もゴミ掃除お願いね!」
「はぁ、お前というやつは…」