パレード
そして、3日が経ち、ついに第三王女クリスティーナ・マテリアの生誕祭の日がやってきた。
といっても本当の誕生日は1週間後で、主要都市を回って、最後は王都で盛大に祝われるらしい。国境に近い辺境の町だがそこそこ大きいため、主要都市にカテゴライズされている。
この2日間、町は王女を祝おうと活気づいていた。店だけでなく民家までも飾り付けして、人々も昼間からパーティやら酒盛りやらで騒がしく、それでいて楽しげに過ごしていたようだ。
パレードが到着するのはちょうど昼12時くらいなので、俺とティオは出店を回ってのんびりすることにした。
一カ所の町に長時間留まっていては情報が偏る。このパレードが終わったらすぐに別の町に移動するつもりだ。今いる町はこの国、マテリア王国から最も離れた場所だから、次はより中心、つまり王都に近い町を目指す。
いきなり王都に行くのもアリなんじゃないかって提案したんだけど、お兄さんの情報を集めるのには王都だけじゃなくて、できるだけいろんなところを回ったほうが良いらしい。
人探し等の情報は、最も栄えた都市に集まると思っていたが、それは元の世界の考えだった。確かに通信機器の存在しないこの世界では実際に足を運んだ方が早い場合も多いだろう。
だから、今日はこの町で過ごす最後の日だ。
一緒に寝泊まりした宿。共に歩いた石畳の
道。無愛想だけど気の利く店主がいる店。ひたすらに特訓した森。
どれもこれも印象深い思い出ばかりだ。こっちの世界に来て、はじめて生活した町だから特別な思いがある。
って感傷に浸るのはまだ早いか。さあ、楽しむぞ!
「ソーマ、次はあそこにするわよ! 射的!」
「ちょっと待ってくれよ、ティオ」
食べ物屋だけではなく、輪投げや射的、ヨーヨー釣りや金魚すくいまである。懐かしいなぁこの雰囲気。おそらく夏休み中は元の世界に戻れないだろうから、夏祭りに参加してるつもりで遊ぼうかな。
「やった! また取れた!」
「くっ、なぜ倒れない…」
「こんなの同じところに当て続けるだけじゃない?」
「それが実行できるのがすごいんだって」
ほら、店のおっちゃんも青くなっちゃってるよ。かわいそうだからここらで引き上げるか。
「ふっふっふー、ここにある景品、全部撃ち抜いてみせるわよー!」
おっちゃんがガタガタ震え出す。ティオさん気づいてあげて。
「射的もいいけど他にもまだお店あるし、そろそろ行こう。ほら、向こうに大道芸人もいるし」
「それもそうね。十分楽しんだし、次に行きましょうか!」
安堵に包まれた顔のおっちゃんが俺にグーサインを送ってきた。そして何も言わず手にキャラメルを握らされた。良い人だ。
キャラメルを食べながら(生キャラメルらしくめちゃくちゃ美味しい)一緒に大道芸を見る。
見終わった後、ティオはいたく感動したらしくぴょんぴょん跳ねながら投げ銭しまくっていた。
「ソーマ、今のすごかったね! ほら、あんたも投げ銭投げ銭!」
そう言って銅貨をたくさん渡してくる。大道芸人の人もこれは予想外だったようで、投げ銭用の箱も溢れてしまっている。
あ、追加で新しい芸をやってくれてるよ。
空中でくるくる回る火にティオも大興奮。
俺も芸を見て楽しみつつ、ティオの幸せそうな顔を盗み見る。こっちまで笑顔になるような快活な表情しやがって。
この後も色んな店を回ったが、とにかく人が多い多い。なのにティオはどんどん進んでくし付いていくのがやっとだ。
「ティオ、早いって!」
「何言ってるの、パレードまでの時間は限られてるんだから急がないと!」
「でも、このままだとはぐれちゃいそうなんだが」
「こうすれば問題ないわ」
そういってひょいっと、いとも簡単に俺の手をとる。
剣を扱ってるせいかぐいぐいひっぱる力強さもあり、だけれど女の子特有の柔らかさも感じる。
ティオは特に意識してないんだろうけど、こっちはまともな恋愛経験がないせいかドキドキしぱなっしなんだぞ。相変わらず金髪ストレートから良い香りがするし。
人混みを抜け、目当ての店に着く。
「ふう、やっと抜けられたわね」
「あ、あのティオ、そろそろ手…」
「手? …あっ」
ずっとつないでいた手をあわててほどく。
気まずそうに目をそらし、顔も赤くなっている。色白だからわかりやすい。
そんなに赤くなるなら最初から急がなきゃいいのに、なんて言葉も口に出せず、代わりに動揺丸だしの声で「ほ、ほら、お店」としか言えなかった。
ティオも「そ、そうね」とか言いながらアクセサリー類を物色する。
全く、一緒に寝てたり(変な意味ではなく)もしてるのに、こうやって不意に照れるのやめてほしい。心臓に悪いから。
それから食べ歩きしたり、ベンチでのんびりしてたりしたら、あっという間に正午近い時間になった。
人で溢れていた大通りも、モーゼが海を割ったかのように中心に道ができている。
俺も道の端で控えている人々に混ざろうと歩きだしたが、ティオにぐいっと引っ張られて路地裏に連れていかれた。
「おい、どうしたんだよティオ。もっと近くでパレード見ようよ」
「い、いいじゃない別に。ここからだって見れるし、人混み苦手だし…」
なんだろう、妙に歯切れが悪い。そもそもさっき人混みかき分けて歩き回ってたし苦手っていうのはちょっと無理があるような。
まあいいか、ここからでも一応見れるしな。
さして気にすることもなく、パレードが到着するのを待つ。その間ティオはずっとそわそわしていた。そんなに楽しみなのだろうか。
遠くから音楽が聞こえてきた。人々が歓声をあげているのを見るに、ついに到着したようだ。
我慢できず路地裏から顔をだして通りの先を見る。
先頭には豪華な服を纏った音楽隊。
王女が乗っている巨大な馬車は派手に装飾されていて、見るものの気をいやがおうにも引く。
そしてその馬車の周りには、白い鎧の騎士たち。上空を舞う無数の竜から推測するに、おそらく竜契約者だろう。
徐々に近づいてくるにつれ、やっと王女をはっきりと見ることができた。
歳は14くらいだろうか。後ろでまとめられた金色の髪。深い翠色の瞳。端正な顔だち。
あれ、少し、ティオに似ている……?
ティオの方を振り返ると、形容しがたい表情をしていた。寂しそうな、心配するような、それでいて愛おしそうな、保護者みたいな顔。
見た目といいこの表情といい、もしかして…。
疑惑が確信に変わろうとした、その時。
竜の咆哮が空に響きわたる。
「何事だ!」
騎士の中でもとりわけ豪奢な鎧を纏った男が叫ぶ。
「魔獣です! 大量の魔獣が町の外からこちらに向かってきています!」
竜に騎乗した騎士の報告により、町の人々が一斉に騒ぎだす。
魔獣がこの町に? 以前ティオと一緒にこの近くの魔獣は討伐したはずなのに、なぜまた、しかも大量の魔獣が現れるんだ?
「みなさん、落ち着いてください! 我々マテリア王国騎士団が、あなたたちを命に代えてもお守りいたします!」
呼びかけていたのは、これまた装飾過多な鎧。この2人が責任者だろうか。
この呼びかけによって大混乱はかろうじて防がれた。人々は騎士団に絶大な信頼を置いているようだ。
「ティオ、俺たちはどうする?」
「決まってるじゃない! 騎士団と協力して王女を、この町を守るわよ!」