草笛
あれから一週間が経過したが、そのあいだ音波は姿を見せなかった。監視任務がどうとか言ってたからある程度は近くにいるんだろうけど、あいつも忙しいのかな。
俺はといえば相も変わらず特訓の日々。ティオ曰く、
「剣術の上達も早いし、竜魔法にいたってはもはや異常よ」
とのことなので、見込みはあるらしい。剣術の方は夜中に剣を振っていたかいがあったが、魔法の方は完全に契約竜のおかげだ。
今日は休憩日で、あの国境付近の草原に来ている。無理を言って少しだけ、ね。
はじめてこの世界の土を踏んだ、草原。
大の字になって寝転がっていると、不意に音楽が聞こえてきた。
懐かしい音色。聴いたことはないけれど、そういう感じがする。
音の出所を探ると、そこにはティオがいた。
目を閉じ、葉っぱを口に当て音色を奏でるその姿は、おとぎの国から出てきた妖精のようだ。
憂いを帯びたその顔と、メロディに潜む寂しげな音色に、ただ、見とれる。
曲が終わり、ティオの碧眼がこちらをとらえる。
「ソーマ、聴いてたのね」
「ああ。草笛なんて吹けたんだな。正直、心を奪われた。なんて曲なんだ?」
「名前はないの。これはね、兄さんが作った曲」
俺はティオのすぐ横に腰掛け、一緒に草原の果てを見つめる。
「そう、なのか。ティオは本当にお兄さんが好きなんだな」
でないと、あんな顔できない、あんな音出せないだろう。たった今、音楽は感情を表現することができるということを実感できた。
「ええ。父や義母と反りが合わなかった私を世話してくれた、理解してくれた人だったから」
そう語る横顔は、やはり寂しげで。
ティオの家庭環境について、俺はほとんど知らない。踏み込んで欲しくないことがわかるから、あえて聞かない。
だから、素直な気持ちを伝えよう。
「そんな寂しそうな顔するなよ。お兄さん、きっと見つかるさ。それにほら、今は隣に俺がいる。いきなり居なくなったりなんてしないから」
まーた臭いこと言ってるな俺。前にもこんなことあった気がする。今回こんなことを言ったのは、多分、悔しかったからだ。ちょっとだけね。
そりゃ付き合いは短いかもしれないけど、これでも相棒なんだ。ティオは1人で旅をしてきたのかもしれないけど、今は違う。それをわかってほしかった。もう1人じゃないって。
こんな俺じゃ役不足かもしれないけどね。
ティオはふうと息をついた後、前を向いたまま肘でつっついてきた。
「このカッコつけたがり。ええ、絶対見つけてみせるわ。どのくらいかかるかわからないけど、絶対に。その間、ソーマが隣にいてくれるなら、安心、かもね」
あれ、いつもと少し反応が違うような?
でもまあ、いいか。横顔をこっそり盗み見たら、ほんの少し笑っていたから。
それからしばし、空と草原の境界を2人で眺めた。
実際は10分もたっていなかったけれど、その時間は確かにゆるやかに、流れていた。
「さ、そろそろ行きましょう。この場所に長居は無用だわ」
すっかり普段の調子に戻ったティオさん。そういえばここは国境だったか。なんだか別世界にいたような不思議な気分だ。
「おう。無理を言ってすまなかったな、ありがとう」
「どういたしまして。メイル~、行くわよ~」
離れたところで羽根休めしていたメイルを呼ぶ。
が、いつもはすぐティオの呼びかけに応じるはずなのに、反応がない。
異常に気付き、急ぎ足でメイルの元へ行くと、低いうなり声が聞こえた。いつもの可愛らしい声とは違う、はじめて聞くどうもうな声。
視線は真っ直ぐ森の方へ向けられていた。
俺とティオも森の方を向き、目をこらす。
除々に増えていく黒い点。1つ、2つ、3つ…。
「あれは……魔獣の群れ!?」
森の方からわらわらと現れた生物は、どうやら魔獣らしい。
あの森には魔獣はほとんどいないはずなのに、なぜ?