覚悟
「いや。今夜はここで寝る」
「むちゃくちゃ言ってんな」
「むちゃじゃない。十分可能」
「無理だって! 早く降りないと怒るぞ」
「ソーマは怒ってもあまり怖くない」
「ならもうご飯つくってやらないしマッサージもしないぞ?」
「それは非常に困る。降りる」
「よしよし、さすが我が妹」
「妹じゃない、幼なじみ。ここ大切」
「わかったわかったごめんごめん」
「わかればいい」
ひょいっと降りて隣に腰掛ける音波。俺も同様に腰を下ろす。
「まさか今日会いに来るとは思わなかったぞ」
「聞きたいこと、沢山あるかなって思ったから」
さすが付き合いが長いだけのことはある。確かに聞きたいことは沢山あるけど、今欲しいものは、疑問に対する答えではない。強いて言えばアドバイス、だろうか。
月を眺めながら、音波に問う。
「なあ、音波。音波は、こっちの世界で人を殺めたことはあるか?」
付き合いが長いからこそできる問いかけ。こんなこと本当に親しくなければできない質問。いや、いくら親しくても踏み込んではならない領域なのかもしれない。
でも、どうしても聞きたかった。こっちの世界の先輩に。覚悟を、決めるために。
「まだ、ない。けど、その時が来たらためらいなく、やる。そのための訓練も受けている」
「そうか…強いんだな、音波は」
「強いとか強くないとかじゃない。生きるため。殺さなければ、自分が殺される」
「そう、だよな。でも、その時が来ても、俺はためらいなくできるかどうかわからないよ」
「ソーマ、良い方法が1つだけある。それは、圧倒的に強くなること。強さがあれば相手の戦意を奪うこと、手加減して戦闘不能に追い込むこともできる」
「強く、か…。音波、俺、強くなるよ。強くなって強くなって、ティオも自分自身も守ってみせる。もちろん音波に危険が迫ったときも助ける。人殺しなんかさせるもんか」
隣に座っている音波の目をしっかり見つめて、そう告げる。
音波は驚いたような顔をした後、ぽーっとした目になって、それからおだやかな表情になった。人間、短時間でここまで表情を変えられるとは驚きだ。
「ソーマならきっと強くなれる。希望とかじゃなくて確実に。国内でも指折りの実力者である彼女に教わり、強力な竜と契約し、なにより優しい心を持っているソーマなら」
「音波のお墨付きがあれば安心だ。あと優しいとか照れるからやめろ」
「事実。私はそんなソーマが好き。さっきの発言で惚れ直した」
「何をマセたことを言ってるんだ。そういうのは5年後くらいに本当に好きになった人に言いなさい。お兄ちゃんはいつまでも見守ってるよ」
「待って、ソーマのことは昔から好きだしそもそも妹じゃなくて」
「はいはい、幼なじみ幼なじみ」
「むぅ」
はは、ふくれっ面もかわいいな。
俺は情けなくも、妹みたいな音波にあんな質問をして甘えてしまった。今度、音波が甘えてきたら存分に甘えさせてやろう。
「ありがとな、音波。おかげで覚悟を決められたよ」
「どういたしまして。助けになれたのなら、良かった」
「おう。今夜はもう寝ることにするから、次の機会に色々話してくれよな」
「うん。また会いにくる。特訓で疲れてるだろうし、早く寝た方がいい」
「そうだな。ティオも俺がいないとぐっすり眠れないだろうし、宿に戻るよ」
「俺がいないと? もしかしてソーマ、彼女と一緒に」
音波の目がどんどん鋭くなっていく。獲物を狙うそれのようだ。
やばい、今のは失言だった。めんどくさいことになりそうだからとっとと退散するか。
「あ、いや、違うんだ、そういう意味じゃなくて…と、とにかく、おやすみ! 良い夢見るんだぞ!」
「嘘。浮気は許さない、絶対に」
怖い怖い怖い。怖いよ音波さん。
宿までダッシュで戻ったが、追ってくる気配はなかった。今夜は勘弁してくれたのかな。
ありがとうな。
もう一度、心の中でつぶやき、俺は疲れた体を癒すべくベッドに潜り込んだ。 ティオを起こさないように、そーっと。




