王城裏、大庭園にて
俺たちが去った後も群衆の盛り上がりはしばらく続いた。落ち着きはじめた頃、ラッパが鳴り、ユキトが締めの挨拶をしてるっぽい。
王城の裏の大庭園の真ん中でシルバに寄りかかりながら休憩。慣れないことをしたから眠い。
喧噪から少しだけ離れたこの場所。非常に落ち着く。運動会を少しだけ抜けて空き教室で休憩を取るかのような安心感。
群衆のガヤガヤ、ユキトの声をBGMに、これからのことを考える。
あと三週間くらいか。マテリア王国奇襲作戦まで。
その前に俺がマテリア王国に侵入して何とかする。すこの何とかって部分が問題なんだよな。夜霧からの増援があればその人とツーマンセル行動。マテリア王国の深部まで行かないといけないからシルバは多分連れていけない。魔法強度を上げるためにマテリア王国の近くにはいてもらうだろうけど。
夜霧や俺の予想、マテリア王が操られていて、操っているのはティオと権力争いをしていた人物、デレク・マテリアだった、ってならやることが明確になって行動しやすいんだけど、内部の確定情報がほぼ無い以上、潜入してからすぐやることは情報収集。からの行動だから時間があまりとれない。
マテリア王国には短期決戦で挑む。ユキトに怪しまれないためにギリギリまでグレン王国にいる予定だ。
腰に差している刀を見やる。一見するとただの刀。だけど日本で作られたものとは思えない意匠、宝玉部分。こちらの世界にも昔からカタナがあること。魔宝剣、と推測しているけれど、その片鱗は見せてくれない。もしかしたら本当にただの業物なのかも。
かつて使っていたドラグサモンは触れた瞬間輝いた。この刀、時雨はそうじゃない。期待するのはやめておいた方がいいか。
考え事が終わりに近づいてきたところでゆるやかに眠気がやってくる。少しだけ身を任せてもいいか。
うたた寝してた。意識が戻る。
何か隣にユキトも寄りかかってうたた寝してた。
俺がこの状況でラッキースケベしてない、だと!?
『主が寝ながらあり得ない動きをしようとしてたから我が少しだけ身じろぎしてその都度姿勢を調節した』
『有能過ぎる。助かったよ』
『主のためならどうということはない』
あらやだ素敵。元の世界戻ったらシルバを中心にした乙女ゲー作ろうかな。シルベリオ物語。
「おいユキト。起きろ」
「んにゅ? ヴア、ソーマ!? また貴様不埒なマネをっ! ってあれ? してな、い?」
その信じられない! って顔やめて。気持ちは痛いほどよく分かるし俺自身めちゃくちゃ驚いたけれども。
「今回俺は無罪だ」
「そのようだな。疑ってすまない」
「いいよ俺がユキトの立場だったらまず疑うもん」
「私だって悪い。勝手にソーマの横で寝てしまったんだから」
「いいっていいって。疲れてたんだろ? さっきの発表会お疲れ様」
「ありがとう。ソーマこそお疲れ様だ。もちろんシルバも」
「がう」
短く鳴き、僅かに尻尾を揺らしてユキトに応える。
「んでどうしたんだ」
「うむ。直接礼を言いたくてな。慣れないことをさせてしまってすまなかった。ありがとう」
「必要だったんだよな。俺という偶像が。パフォーマンスが」
「その通りだ。マテリア王国と戦争になることを民に伝えなければならない。頃合いを見計らってな。だから先手を打った。我が国には銀色の閃光が付いている、と。先にそれを発表することで大きな混乱を防げる」
「したたかだな」
「軽蔑したか?」
ユキトが自嘲気味に唇を歪ませる。あまりに似合わない。そんな笑い方するなよ。
「まさか。国のことを一番に考えてのことだ。真意は理解してるから大丈夫。駒として利用されるさ」
「ソーマには何とお礼を言っていいのか。私ができることなら何でもしよう」
「エロいことでも?」
「本気で言っているのか」
「すみませんでした」
この感じ、懐かしいな。同じことをユキトも思ったのかお互い小さく笑う。
俺はユキトからお礼をもらう資格なんてない。だってユキトに黙って単独でマテリア王国に乗り込もうとしてるんだから。話したら王という立場上、ユキトは俺を止めるしかなくなる。俺を単独でマテリア王国に行かせたら、俺という戦力を失う可能性や、マテリア王国が思い切ったことに踏み切る可能性が出てくる。リスクが大きい。だったらグレン王国内に留まらせて、軍備を強化して、万全の状態で奇襲作戦を迎えた方がリスクは小さくなる。
でもユキトのやり方だと、確実に戦争になる。人が死ぬ。勝者と敗者が生まれる。
俺はそれがたまらなく嫌だ。リスクが大きかろうが、二国を完全に救う道を選ぶ。それができるという自負がある。ユキトは背負っているものが大き過ぎるし、一国の長である以上、自国を最優先しなければならない。でも俺は違う。マテリアグレン両王国の味方だ。
「お礼、考えておいてくれよ。グレン最高水準のものを何でも提供する。勝利の暁にな」
「ユキトとゆっくり過ごす券とかでもいいか」
「……考えておこう」
去り際、ユキトが耳を赤くしているのを俺は見逃さなかった。照れ屋さんめ。本当にユキトとゆっくり過ごす券にしようかな。それで、あの村で、カメリアたちをしのびながら、ローリエさんの料理を再現して一緒に食べるんだ。残っている建物掃除したり、もっと立派なお墓作ったり。
全ては俺のマテリア王国侵入作戦次第。
「音波。いるんだろ。夜霧からの返答を聞かせてくれ」