騒がしい兄妹
音波が去り、床に戻る途中で。
「師匠みーつけた! 稽古つけてくださいよ稽古!」
訓練着を着て帯剣したミーアが駆け寄ってくる。
夜も深く暗い中、強化魔法を使って駆けていた俺をよく見つけたものだ。
「こんな時間まで何してるんだ?」
「もちろん剣の自主稽古ですよっ。あたしもお兄ちゃ、んんっ、アルバートの補佐、言わば副統括に任命されたわけで、色々やることや考えることがあって中々自分の時間が取れないので夜中に剣を振るうしかないんですよね~」
物憂げにそう言う姿は傍目から見たら輝いて見えた。何この子充実し過ぎでしょ。若年での出世と止まらない向上心。アルは良い妹を持ったな。ミーアも良い兄を持ったな。
「その心意気や良し。今からやるぞ」
「はい! この時間なら訓練所に人いないですし、どうせならあそこ贅沢に使ってやりましょう」
「おう!」
ということで剣術訓練所に移動。
「たのもー! ってね」
一回やってみたいよね。道場破りムーヴ。
悦に浸っていた俺の頬のすぐ横を小型のナイフが過ぎていき、扉の木材の部分に突き刺さる。
幸いかすめはしなかったが、血の代わりに俺の冷や汗が滝のように流れる。
「なんだ貴様か。侵入者、あるいは妹をたぶらかす男の気配がしたものでな」
半裸で剣を構えたアルがいた。
何なのこの人。武人半端ねえ。防犯意識高すぎでしょ即座にナイフ放るとか。でもまあ戦場経験してるとこれくらいするか。
「あたしもいるよ~」
ひょこっと俺の後ろからミーアが顔を出す。ねえこのタイミングはまずくない? 俺の背に隠れたまま離れて、ちょっと時間置いて来た方がよくなかったかな君のお兄さん的には!
「おい。カエデ。貴様、こんな時間にミーアと何をしていたんだ」
ほら。殺気がほとばしっちゃった。剣構えちゃった。突撃してきちゃった。
仕方なく愛刀・時雨を抜いて迎撃。そのまま剣を打ち合わせながら徐々に訓練所の中央に移動していく。
「ついさっきそこで会ったばかりなんだって!」
アルの鋭い突きを受け流して横へステップ。だがアルは尋常じゃないスピードで持ち直して斬り上げをしてくる。制動力半端ねえよ。
「なら挨拶だけしてすぐ別れればよかっただろう。なぜ一緒に行動していたのだ!」
予想外の対応スピードで受け流しが間に合わず、鍔迫り合いに持ち込む。
ぐ、単純な膂力じゃアルに負ける。力の方向を変えていなさないと保たない。結構シビアだから疲れるのなんの。
「だーもう! 隠すつもりだったけどアルにだけは話しとく! 俺、実は今ミーアに個別で剣術稽古つけてんだよ! グレン式剣術やマテリア式剣術以外も教わりたいって請われたから!」
「そうだったのか。それを早く言え」
唐突に剣を引き、納刀する。シスコンここに極まれり。
「あのなぁ。そこまで過保護だとミーアが一生結婚できないかもしれないだろ」
「俺が認めた相手なら結婚を許可する。まず俺より強くないと」
「確か剣術大会優勝者がユキトで、準優勝がアルだったよな。実質グレン王国の男性でミーアと結婚できるの一人もいないじゃねえか」
「そういうことになる」
「そういうことになる、じゃねえよ」
俺とアルが言い合いしていると、ミーアが唐突に手を挙げた。
「にいちゃん、つまり師匠、ソーマさんとは結婚してもいいってこと?」
ニコニコ笑顔で恐ろしい爆弾を投下してきた。勘弁してよ。君のお兄ちゃんの殺気がさっきと比べ物にならないくらい肥大してグレン王国全体を覆う勢いになっちゃったじゃないか。
「するのか? 結婚」
剣を抜かないのが逆に怖い。
「しないしない! 俺は心に決めた人がいるんだから」
「貴様ァ! ミーアのプロポーズを断る気かぁ!」
「どっちにしろ怒られるパターンのやつじゃんこれ! ミーアはただ可能か聞いただけだろ! 別に俺と結婚したいわけじゃないよな!? な!?」
この暴走兄貴を止められるのはミーアだけだ。頼むぞミーア。一発言ってやれ。
「あたしは師匠のこと、結構イイな~って思ってますよ」
その一言でアルと俺が両者ぶっ倒れるまで限りなく実戦に近い剣術訓練を行ったのは言うまでもない。