あの日あの時の君
見透かしたようなティオの瞳。俺が、ティオの記憶が戻らないことを恐れているのが筒抜けだったようだ。
「正直、そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう」
「なんでカエデが謝るの。変なの。むしろ記憶戻るのを手伝ってもらってる私の方が感謝すべきなのに。それで、とりあえずこの辺りをカエデと二人で歩いていればいいの?」
風がそよぎ、隣を歩くティオの金色の髪がさらさらと流れる。幾度となく見てきた光景なのに、先ほどの会話のせいか、それがかけがえのないもののように思えて、泣きそうになってしまう。
しっかりしろ。まだ何も問題は解決していないんだ。
頭を振り、切り替える。
「そうだな。まず、腹ごしらえしよう。朝は軽くしか食べてないからちょっと重めの食べたいんだけどいいか?」
「全然いいよ。私もすっごくお腹すいてるし。もしかして今から食べるものも私の記憶と関係ある?」
「あるっちゃあるけどめちゃめちゃどうでもいい記憶だぞ」
「そういう記憶も大事だったりするかもしれないよね」
「んまあな」
ということでユキトに事前に聞いておいたお店へ
グレン王国の一般的な定食屋だが、今回キーになるのは頼む料理。
「う~ん美味しい~! これが私が昔食べたやつ!?」
ティオはニコニコ笑顔で手元の料理をかきこんでいた。
「ん。俺とティオがはじめて一緒に食事した店で出された料理だよ」
「覚えてないし思い出す予兆もないけど、とにかく美味しい」
「まあ美味しいもの食べられたってだけで良しとしよう」
グレン王国産のガラマガニを使ったグラタン。おどろおどろしい外装の『天使のほほえみ』でそれを食べながらお互いのことを話して、一緒に旅をしようって決めて。俺にとって思い出深いシーン。そのときに食べていたグラタン。
「なんだかコーヒー飲みたくなってきちゃったわね。カエデも頼む?」
「お、おう。頼む頼む」
心臓が飛び跳ねた。偶然なのか、嗜好は変わらないのか、確かあのお店でグラタンを食べながらコーヒーを飲んでいた。
それに、口調。『コーヒー飲みたくなってきちゃった【わね】』。この語尾。記憶を失ってからのティオは口調がフランクなものに、砕けた物言いに変わってたけど、このなんだろう、女の子口調? ともかく元の口調に戻っていた。本人は自覚なさそうだけど、戻ってきてる!? 明確な記憶じゃないけど、これは大きな一歩なんじゃないか?
変に意識させないよう、このことは黙っていることにした。
飲み食いして少し落ち着いた後、店を出る。
「ふぅ! 満足満足。それで、次はどこに行くの?」
そのセリフを聞いてガッカリしてしまったのを必死に表に出さないようにする。
そうだよな。そんな上手くいかないよな。めげずにいこう。
「次は広場だな。催し物は大体そこでやってるらしくて」
「楽しそう!」
ユキトに聞いたところ、俺が狙ってるあるイベントが連日行われているらしい。運が悪くなければ今日もそのイベントを見ることができるはず。
ティオを伴って広場に行くと、お目当ての光景が広がっていた。
細く長い棒の上に逆さ立ちし、足で器用に火が付いた短い棒をくるくる回している。
大道芸だ。しかも俺たちが昔見た人と同じ人が、あの日と同じ芸をやっている。
「何あれ! すごい! カエデ、もっと近くで見ようよ!」
興奮した様子で、ひょいっと、俺の手をとる。
マテリア王国のとある町。クリスのパレードで盛り上がっていたあの町ではしゃいでいたティオそのもので。
引っ張る力強さ、女の子特有の柔らかさ。手を握っていることに気付かず慌てて離し、頬を赤らめるところまで、何もかも同じで。
俺の中で何かがプツンと切れてしまい、それと同時に涙があふれ出した。