皆死なせたくない
ぴょこんと黒髪ショートカットのリトルユキト(タレ目バージョン)が現れる。相も変わらず元気一杯だ。
「師匠って呼び方の方がしっくりくるんですもん」
「あー、アルバートも俺にアルって呼ばれるときこんな気分なんかな。で、稽古だっけか。歓迎会まであと何時間ある?」
「二時間くらいですね」
「十分だな。よし、んじゃこの場で稽古するか。他の場所だと野次馬湧きそうだし」
おっさんズにラブラブだな~とか囃し立てられるに決まってる。それに、日本の剣術を教えるのはミーアだけと決めているからな。
兵士たちへの剣術指南はグレン式剣術の見直しと、マテリア式剣術の取入れに留めようと思っている。いきなり二つの流派を教えるのは難易度が高いし、日本の剣術とこちらの剣術ではあまりに体系が違うため上手く習得できない可能性が高いから。
でもミーアはあらゆる剣術を独自に調べ、取り入れてきた経歴がある。地盤が整っているなら話は別だ。
ってかよく考えると俺マテリア式剣術をグレン王国に流出させてるのか。これまずいんじゃ。全てを解決した後、今度は逆にマテリア王国軍にグレン式剣術を伝えることで帳消しにしてもらうしかない。
「ですね。ここでやりましょう」
ミーアは上着を脱ぎ、薄手の訓練着姿になった。
流石ユキトの血縁者。年に似合わぬ大きな胸部をお持ちで。それに鍛えているから健康的に引き締まっていてどう転んでもエロい。眼福です。
っていかんいかん。今から稽古するんだ。邪念は捨てろ。
「さて。じゃあぼちぼちはじめますか。一週間後、グレン兵全員に剣術訓練するから、その際教えるやつは今は教えない。二度手間になるからな。その代わり兵士たちに教えない部分を伝授する!」
「本当ですか!? やったやったぁ!」
嬉しそうに飛び跳ねるミーア。無邪気で微笑ましい。ちなみに存在感を放っている胸部は戦士らしく動きやすいようしっかり固定されている。残念だとかは特に思っていない。本当だよ?
「伝授するにあたりちょっと悩んでることあるんだよな。武器のことなんだけど」
「あたし武器マニアなんでなんでもありますし一通りはありますよ。師匠が持ってるカタナも持っています」
胸を張ってドヤるミーア。戦闘民族系女子なだけある。
「んじゃまず刀使って稽古しようか。基本を学んだ後、手合わせや実戦の中で今まで学んできた、身に着けてきた剣術を混ぜ込んでいけばいい」
「さっきのにいちゃ、アルバートとの手合わせでの師匠の剣術、見事でした。ある部分はグレン式であり、ある部分はマテリア式であり、ある部分は未知の剣術でした。あたしも師匠くらい変幻自在に流派を使い分けたいです」
「そうやって判別できるくらい目が良いし剣術に理解があるならすぐ身に着くよ。っつかユキトだけじゃなくてミーアも俺とアルの手合わせ見てたんだ」
「あたしも、アルバートのことが心配でしたから。あの性格なんで思い詰めてるんだろうなーって。でも、師匠とユキト様が何とかしてくださいました。あたしの出る幕は無かったなーと」
「そういえば、ミーアはギルを目にしてもアルほど心乱してなかったな。なんでだ?」
「あたしだって動揺しましたよ。信じられなくて絶句してました。あの場で動けたアルバートがすごいんです。まあ、あたしは実はそこまでギルバートと接してこなかったんです。半面、」アルバートは特にギルバートに懐いてましたから。未だ裏切りが許せないんです」
「そうだったのか」
アルを見ていればその憎しみは十分伝わってくる。心の底から尊敬し、慕っていたからこそ裏切られたときのショックが大きかったんだ。そしてそのことをグレン兵たちはほとんど知っている。だから皆アルを責めなかったんだ。
ますますグレン兵たちのことが好きになる。
皆死なせたくない。グレン兵も、マテリア兵も。
マテリアもグレンも戦争する気なのは分かっている。分かってるけど。
せっかく伝説の竜と契約している俺がいるんだ。どうにかして、戦争を止めたい。
ユキトが立案した、ティオを引き渡すフリをして奇襲をかけ、そのまま一気にマテリアに攻め込む計画の裏で、俺に出来ることはないか。
「師匠、どうしたんですか?」
「んにゃ、なんでもない」
思考が逸れに逸れた。これについてはまた今度考えることにしよう。
「じゃああたしカタナ取ってきますね」
「おう。いってらっしゃい」